「きみはしあわせか?」

東京の友人が出張ついでに寄ってくれました。
遠方から人が来るときは、いつもだと観光的にあちこち連れまわすのですが、
今回はおっとと三人で、ずっとしゃべっていたような気がします。

年齢が近い50代男女三人が何をしゃべっているかというと・・・・・・
おたがいの仕事のディテールについてはほとんどしゃべらなかった
ちなみに友人は編集会社を経営しています。


友人は、
「きみは幸せ?」
とか、突然聞くのです。

「うーーん」

オットの前で黙ってしまうのが私。適当に「うん、しあわせよ」といいません。
答えに困って長い沈黙のあげく質問するわけです。
えみこ「あなたは?」


友人「おれは幸せだな」
オット「おれも幸せ」

えみこ「あなたたち二人とも、私から見ると、すごく強いんだけどさ、
私は実に弱くて、けっこうすぐ逃げたくなる。
こういうかんじだから、幸せとは簡単には言いにくいんだけど、
なんであなたたちは、そんなに強いのかね。
たいへんなときにも、揺るがず、ぶれず、まっすぐにぶつかっていけるのはどうしてなのかね」


友人「オレは違うけど、ダンナさんはほんと、ぶれないよな」

オット「そうかなあ(笑)」

えみこ「ダンナサンはぶれないけど、あなただってすごいじゃない。
あのときとか、あれのときとか(30年つきあいがあるのでいろいろ事件がある)よく、逃げたくならないよね。
人に愚痴るとか相談するとかもしないでしょう?
自分のせいじゃないし、逃げちゃえ、とか思わないの? 酒に逃げるとかもしないでさ。
普通、なんか逃げ道探したくならないかね? まともに頑張るだけじゃなくてさ」

友人「逃げれば楽になる、とは思ったかもだけど、そういうこと考えなかったな。
目の前にやるべきことがあったら、それをやっていくことで頭はいっぱいだし、ほかのこと考えないよ」

えみこ「(オットも同じこと言ってたなと思いつつ)でも、あれは、あまりにもたいへんじゃない」

友人「人生って、たいへんだもん」

おっと「人生はたいへん。だから面白い(笑)」

友人「そうなのよ。いつだって、たいへんなんだよ。だから面白い」

おっと「もう、生きてるってことは、そういうことだから。でもそれだから、生きてるって幸せだなあと思える」

友人「おれも! 生きてるのはいいなあって思う。人生たいへんで、おもしろい。
大変なことはどうしたって起こるよ。能力が足りないとか、もっとできればいいのに、とか思うよ。
でもそういうのがおもしろい」


ふたりは多良木町の恒松酒造の焼酎がおいしいみたいで、
一升瓶をかたむけ、手酌でがんがん飲んで楽しそうです。


えみこ「なんで私はいつまでも弱いかねえ」

友人「ほんとに弱いの?」

えみこ「ここんとこ、なんで病気になったか考えろ、と人に言われて、考えようとしてるんだけど、
いろんな理由はあるけど、根本的に、心の弱さがあるなあと。
大人になってから今までのそういうストレスの集積ってそうとうなもんじゃないかと思うんだけど」

おっと「オレ何にも考えないからな。考えてもわかんないこと考えない」

えみこ「うーーーん」

★★★

友人「オレがヨメサンとのことで悩んでいるとき、きみに結婚ってなによ、って聞いたんだよ。
君はあんまり真剣にとりあってくれなかった」

えみこ「都会の結婚と農家の結婚は違うんだよ。
農家の結婚は原始時代からかわってないのよ。
協力しあって生きていくシステムを結婚というの。

結婚って何よって言われてももね、ってかんじだったんじゃないの。
ウチの場合、彼はひとりで生きていけるんで、そうじゃないけど、私はものすごく彼に依存してるからね」

おっと「ぼくだって君に依存してるよ」
えみこ「どこが?」
おっと「ねっこで依存してるんだよ」


後になって考えると、農家に限定する必要はないのかと思いました。

協力して生きていく、依存しあって生きていく(共依存という意味ではなくて)
そういうのが意識から消えていると、結婚してなくてもいいんじゃない?ってことになるかもしれません
でも、依存ってことばには異存あるなあ。と、あとで思いました
頼るとも違う。存在のねっこにすでに絡んでいる的な存在にいやでもなってしまうのが農家的結婚?
農って、経済も哲学も思想も生きかたも全域からむから。


私が20代のときにしてた結婚は、独立独歩の、根っこの絡みまったくなし。
結婚しなくてもよかったんじゃない? といってしまえばいえる。

友人は、そういうのも目撃しているわけで、
今回の結婚については、
「君は運がいい」と何回も言ってくれました。




★★★


ぶどう、栗はあと二週間。これから盛りを迎えます。ご注文は↓
錦自然農園フルーツストア

大型台風がやってきそうです

2017Sep8_kabocha.jpg
うちのカボチャです。いろんな品種がまざってます。
混植してる畑では品種名がわからなくなってしまうこともしばしば



またまたきますかな
大型台風。

「今回のは相当でかい。うちもハウスのビニールをはがさんばかなあ」

と今朝、野菜集荷ツアーの途中であった、農家Nさん

「えーー! おたくのハウスは頑丈だから、これくらい大丈夫でしょう?」

「いや、今回のはむりのごたる」

「だってー、こんなに大きくてたくさんあるのに、たいへんですよ」

「剥がすのはよかばってん、また張るのがなあ。おたくの葡萄はまだ収穫中な」

「はーい、まだあと二週間あります。ビニルはがしてます。うちのはチビサイズですから」

「とりあえず、明日の朝まで様子みるつもりばってんな。
今回は半径200キロあるし、明日の朝、950ヘクトパスカルくらいになっとうやろう。
そこから先がなあ。長居しそうな気配もあるな。
970でくるか950かが、分かれ目やな」

「焼酎持って、山の神様にお祈りいってきます!」

「自分で飲んでしまわんごとな」

「はーい」



大型のが前きたとき、熊本城の植木が数百本倒れ、
山の木が伐採後か?というくらい、ドミノ倒しに倒れて、風景をいっぺんさせてしまいました。

それでも

うちの葡萄は、ほとんど木からとれませんでした。

落ちている房が3,4個あったかな、という程度。

強風に強い葡萄。
葡萄にはあんまり心配していません。


きのうから瀬戸ジャイアンツが、もうしばらくするとシャインマスカットが
「自然派の葡萄 ミックス」や、「ワケアリ葡萄」に入ってきますので
どうぞお愉しみに。

でも、いつごろから採れるのかはわかりません。
収穫時期の予測というのは、私たちは能力的にできませんので、お聞きにならないでくださいね

お客さんが聞くので、一応おっとに聞きますと
「おれは超能力者じゃないからわからん」
とむっつりと、機嫌悪そうに、言われるだけなんです。
(そういうキャラなんですか? とたまに聞かれるけど、そういうキャラなんですよお)

ハニービーナスもまだ続きます。

どれだけとれるかわからないのが毎年、「緑系葡萄」のスリリングなところですが、
今年はどうなんでしょう?
袋あけてみないとわかりませんが、なんか、いいかんじの気配もちらりと


いちばん心配なのは、柿です
丹精した、無農薬の太秋柿!

今年はけっこう調子よくいくかなあ
・・・・なんて
大きな声ではぜったいいいませんが、小声ではちょっとだけ言ってます。


大風に吹かれても残っているかどうかは、さだかでない
だいたい、幹が折れることも珍しくないですから
柿のこと心配するのは、とりあえず、あとにしましょう



今日はあわただしい気持ちでスタートしてます
野菜発送日だし
今日のうちに葡萄をがんがん発送したいと言う気合もあり。

がんばるぞーーーー!!!




新米のご注文は「新米」ってかいてくださいね
野菜、ぶどう、お米のご注文は
錦自然農園フルーツストア

くだものが最高においしい秋です

2016Oct3_kuri.jpg

おかげさまで、ブドウも栗も、味がよいようです。
私たちはいつもおいしいと思っているので、過去との差はわからないのですが、

いつもうちの果物を食べている人たちからの
「去年よりおいしい」
の声が多いです。

栗も、「今年は特においしい」と、思います。

栗を、たくさん食べることはめったにないのに、ついつい手をのばしたら、
手がどうしても止まらなくなり、驚いてしまいました。

あれ、私こんなに栗食べる人じゃないのに?

大腸の手術した人はナッツ類を食べちゃだめ、と最近言われましたので、
ガマンします! もうたべませーーん。

そしてブドウ!!

「ブドウは基本の糖度が高いから、何食べてもおいしいと思うんですよ」

いつもそういうことを言う私です。

「今年は、夜は低温、昼は高気温。雨が降らないし、晴天が連日続くし・・・・
どこのブドウもきっとおいしいんですよ。私たちの努力? いやいや、自然のおかげです」

なんとまた私は、つまんないことばかり言うんでしょう。

すでに何度も言いましたが、まとめて、訂正します。

肥料もやってないし、消毒してない畑を守るために、何年もかけて作ってきた畑が
好天気に後押しされて、おいしいものを実らせてくれてるんだと思います。


なんて言っていますが、
それでも、
「おいしくない! 金返せ!」
って人、いますから。


うちのぶどうを、みんながみんな、おいしい、と言ってくれるわけじゃないんですけど
やはり肥料をたっぷりあげている味、というのは違います。
そういうのをおいしいと思う人がいるし、
私のようにそういうのを食べると頭が痛くなる人もいて、いろいろなのですね。

農薬をたくさん使わないと作れない外観があり、それを評価する人には
おいしいという感覚が、私と違う。それもわかります。


二年前、9月の下旬になって葡萄畑に病気が大発生して、またも「お送りできません」と
大量メールを発送することになりました。


消毒しないリスクは、いつもあります。


どんなことも当たり前じゃない。
果物で、高いリスクのある農法をやれるのは、もともとゆとりがあるからだと、
近所の人からでさえ思われているらしいことを最近知りました
お金、どうしよーーって夜、目が覚めて悩む夜もあります
それでもやってます


実っていることに感謝です。
収穫できることも感謝です。
発送できることにも感謝です。



ぶどうと栗と野菜とお米(新米のご注文は新米希望とかいてください)、お茶のご注文は
錦自然農園フルーツストア

今週の野菜セットと栗

今週の野菜リストです。
遅くなりすみません。

栗の収穫発送はじまりました。
栗の最初の品種である「丹沢」が、予想より少ないです。そして小さいです。
でも、例年より美味しいです。

肥料農薬をやらずに育てる果樹は、少雨の影響を如実にうけます。
つまり小さくなりがり。でも、味はそういうときのほうが、ぐっとつまっておいしくなります。

今の品種に続く品種も、続々でますので、丹波のご注文の方に続く品種をお届けしないといけないかもですが、
味わい的には、この調子で上がっていきますので、お愉しみに。



●大根(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 松岡さん/宮崎の山の上まで通って無農薬野菜を栽培されています。
宮崎県の椎葉村に毎日通っている農家です。大根は、小ぶりの時期だからこそ味わえるおいしさがあります。大根の実より栄養満点なのは葉っぱです。ざくざく切って塩して水出しして、ご飯にまぜても、卵焼きに混ぜても、そのままつまんでも、サラダに加えても。

●なす(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 高田さん/おいしい無農薬野菜の作者で地元の直売店では品切れ必至
うちでも、ナスを昔作っていたことがあります。無農薬栽培は実に難しかった。結果的に、虫害がひどく売り物にはできませんでした。それを思うと、ベテラン野菜作家・高田さんはさすがだなあと思います。今回、虫食いや傷が少々あるのも入れています。高田さんでさえ、売り物にできない膨大な虫食いナスがバックステージにあるんです。到着までの時間で何が起こるかわからないから、傷のひどいものは送れませんが、できることならどれもお送りしたかった。もったいないですもんね。

●甘長とうがらし(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 岡前さん/パプリカが病気で全滅したのが残念
使い方はピーマンとかなり近い、同じ、といっても差し支えないと思います。油で炒めて、醤油、みりんと酒、水をくわえて煮て、花鰹をどさっといれる簡単レシピもいいですし、天ぷらにしてもいいですね。

●じゃがいも(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 植田さん/無農薬、無肥料にこだわる野菜農家。
小ぶりのものをつめてもらいました。肥料を使わないでじゃがいもを作るのは簡単じゃないです。逆に肥料を使いすぎているじゃがいもは、世間にざらにあります。うちではマッシュポテトをよくつくります。ゆでて柔らかくしたものの皮をむいて熱いうちに多めのバターと塩と酢、生卵を全卵か黄身のみ一個、オレガノもはちみつも入れて混ぜます。丸ごとすあげにしてもおいしいとおもいます。

●たまねぎ(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 植田さん/無農薬・無肥料にこだわる野菜農家。
たまねぎも年間をとおしていろいろなタイプのものをお届けしていますが、この品種は初めてかと思います。七宝たまねぎといいます。スライスして梅干とおかかとそうめんのつゆを少々いれて和えたり、普通に煮物に使ったり。

●おくら(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 豊永さん/無肥料、無農薬で野菜を作っているベテラン農家です。
ワケアリ品と正規品を混ぜてお願いしました。ワケアリといっても大きさがそろわないと、JA的に規格外になるという慣例に従っているだけ。

●ねぎ(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 白谷さん/無肥料にかぎりなく近い、無農薬ねぎにこだわる農家
ねぎの無農薬は簡単そうで、簡単じゃありません。広大なねぎ畑をすべて無農薬でつくる白谷さん夫婦は、いつもニコニコ、ご夫婦で農業に励まれています。

●にんにく(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 岡前さん/女ひとり農業で、農薬を減らす地道な努力をされています。
無農薬栽培で、天日で自然乾燥させてお届けします。表面は汚いですが、皮をむいたらきれいです。ニンニクは免疫をあげる野菜のトップにあげられています。500gから4キロまでの量での販売も行っています。醤油づけにしたり、オリーブオイル漬けにして保存するとお料理に使いやすく、長持ちします。うす皮までむいてから、冷凍すると、相当長持ちします。

●トマト(低農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 西さん/低農薬でおいしいトマトを作る努力家の農家。
庭でなるトマトは夏が盛りですが、トマト農家は盛夏にお休みし、夏の終わりから晩春がオンシーズン。収穫が始まったばかりのトマトは、ちょっと酸味があります。ミニトマトは、来年の初夏まで1キロ単位で当園のサイトで販売します。



ブドウ、栗、野菜のご注文は、
錦自然農園フルーツストア

『イシ 北米最後の野生インディアン』

鶴見俊輔さんがこの本について書かれたすばらしい文章(『近現代作家集Ⅲ』 河出書房新社)を読んで
アマゾンの古本で即買い。
初版は1970年。岩波書店です。
著者はシオドーラ・クローバー。
「ゲド戦記」で知られるル・グゥインの母上で、本にも印象的な序文をよせています。
なぜ文化人類学者の父上がこの本を書かなかったか。
それは本を読めばわかるアメリカ人の暴虐が・・・・・(読んでください)


全然関係ないテーマなんですが、今日ちらっと見たウエブサイトに、こんな言葉が書かれていました。
「人間としてありえない行動だ」。

思いました。
ヒトの行動や価値観は、文化という鋳型しだいでいかようにも、性質をかえます。
戦国時代と、第2次世界大戦中と、20年前と、今と性質がみんな違う。
「人間としてありえない」は、無知だからいえること。
他の時代に対して、私たちはみんな無知です。


「イシ」という本でレポートされているのは、
石を削り、弓をつがえて、狩猟生活し、裸で暮らす石器時代同然の暮らしを生きていた野生インディアンが、
ついに最後のひとりになり、白人の前に自ら姿をあらわしてから亡くなるまでの数年間です。

石器時代から鉄器時代へ。
一日で数万年を飛び越えた男の名前はイシ。

たいした混乱もみせず、鬱屈もせず、スムーズに数万年分のスリップを消化する。
こういうことが誰にでもできるとは思えません。
そこで浮かび上がるのは、イシにそれができるのは、インディアンの集落における一種の上流階級の出身として身につけた堅固な教育があったからと思わせます。


教育とは、学校教育、躾、常識、メディア、伝統、流行、家風、お国柄・・・。
生きて暮らしている空間で、日々吸収するもの。
ヒトの考え方を育て、個々の性質をつくりあげるもの。


石器時代の人間が見るアメリカは、
どんなにまぶしく、すばらしいものに見えるだろうかと、文明側の人間からみると思うところですが、
イシは、おおかたのアメリカ人の想像とはまったく違う感想を抱きます。


英語を十分に使いこなせたとはいえないので、イシの残した言葉は少なく、それを言葉では伝えられてませんが
文化人類学者の奥様が、だんな様に代わってかいたこの本は、豊富な写真と周囲の人との交流の記録から、
イシの考えを、イシが受け継いだ野生インディアンの哲学をあぶりだします。

イシがみたアメリカ人は、

名声とか権力とか金を欲しがり、
若く見られたいと願い、年をとることを恐れ、
考えるよりしゃべり続け、家の中に閉じこもり、欲深く、きわめて残虐・・・・

イシはその愚かさを認識しながら、あわれむでなく、そういうあり方を受容します。

あまりに自分の育ってきた環境と異なる文化に接すると、簡単にけなす、はねつける、はよくあることですが、
未知なる生活習慣をけなすでなく、排斥するでなく、自分の理にてらしあわせて考え、試してみて、
取捨選択していくイシ。周囲のアメリカ人はそんな彼の賢さに瞠目します。


言葉の習得が十分じゃないのに、寡黙な男なのに、
笑顔から、たたずまいから、生活の仕方から、働く姿勢から、
イシが部落で教育されてきた思想と哲学が、アメリカ人に伝わるのです。


インディアンに知恵などないと思っていたアメリカ人たちが、
イシという石器時代からやってきた男に対して尊敬の念を抱き、
魅了され、その時代の第一級の知性をもった教授陣が彼のともだちになりたがるのも、当然のなりゆき。


アメリカの文化文明に接して、「アメリカは何もかもすばらしい」と驚嘆のおもいで受け止め、
すべてを吸収していった戦後の日本人とは、かなり違います。

自分と自分の文化に、ゆるぎない尊敬がある

これがあるかないかがどれだけ大きいことか。
改めてアメリカ人の戦後の「教育」政策がいかに的を得ていたか思い知らされます。

ひょっとしたら、アメリカは、日本を内側から崩す方法を、
精神性においてかなり共通項のあるインディアンの文化人類的研究にヒントを得たかもしれない。
と、この本を読んで思いました。

日本人と野生インディアンの類似性は、本のなかでも言及されています。

言語の共通性。
鎖国して文化を守る。
自分たちの文化への誇り。

こうした人間たちの強さのもとにあるもの。
ひとつは、インディアンも、日本も、
三世代で暮らしており、文化の継承は親から子へ継承されていること。
教育の中心は学校より家だったのです。

勤勉で誇り高い集団を内側から崩すには、家制度を壊せばいいと誰かが気づいたんでしょう。
核家族化させれば簡単!


大量殺戮に有効な武器を持たない点では
日本人も、インディアンと同じなのに
江戸末期の日本人はなぜ、同時代のアメリカ人に、壊滅されなかったのか。


インディアンを大量殺戮したのは主に、ゴールドコーストに金目当てで集った無知で粗暴な移住者でした。
彼らは文字が読めないことも珍しくなく、育ちは極貧。教育といえるものをほとんど受けていない。

一方、遠い島国である日本にやってきたのは、ペリーたち、知的に教育されたエリート。
教育を受けたアメリカ人には、当時の日本人のすごさがちゃんとわかった。

この違いは、大きいかもしれません。

当時の識字率の高さに日本にきた外国人は、どこの国のヒトも驚いたといいます。
かなりの率で、ほぼ全国民が文字を読み、数千年の蓄積を伝達、伝承、教育できる国。
そんな国は日本以外になかった。

千年前に書かれた知恵を読みこなす恐ろしい国民を腑抜けにするために、
戦後、アメリカは、旧かなづかいを、新かなづかいに改めさせた。
ということでしょう。

インディアンは文字をもたなかった。

カリフォルニアで同じ郡といえる近い場所に暮らしながら、
ときにはドイツ語とスウェーデン語くらい集団ごとで、言葉が違ったらしい。
文字が必要とされなかったのは、別の能力を育てていたからかもしれません。


インディアンと日本人は、とても似ている。
注意深く意図された、アメリカによる教育によって、大きく性質が変貌してしまったところまで。


イシは文明に参入したおかげで、文明病である肺結核にかかり、亡くなりました。
最後にのこした言葉が記録されています。



「あなたは居なさい。ぼくは行く」





野菜セット、栗、ぶどうのご注文はこちらから
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最後の八月


むかし。
東京にいる頃、それも最後の頃ですが、私は独自であそびを発見しました。
それは、「今月で私の寿命は終わることになっているゲーム」です。

月半ばに、それを思いつきましたので、寿命はあと二週間ということになります。

その日から、

この人とお酒を飲むのも最後、この会社に打ち合わせに行くのも最後、ここでタクシー拾うのも最後と、
あらゆる行為は、「次はない」というひそかな思いとともに行われます。

新宿駅で人と待ち合わせるのも最後だ、と思うと、雑踏がうつくしく見えてきます。
アナウンスの声も、見知らぬ人の顔も声もなんだか快い、いとおしいものになります。
時間がなくて気持ちがせいているときも、
ここのエスカレーターを急いで降りるという行為をするのも最後だ、という考えが浮かぶと、
気ぜわしさがふっと消えて、永田町の駅の構内にたたずむ自分をゆっくり味わってしまったり。

「あと二週間で死ぬことになってるゲーム」を始めてからというもの、私は日ごと、明るく元気になっていくのを自覚していました。
この明るさは、未来を憂えず、今に集中しているからでてくる明るさであることはマチガイない。
二週間がたち、月末を迎えてゲームを終了したとき、これはいいことを発見したと思いました。

誰かに教えてあげたい一心で、
友人のデザイナーに、この人なら、このゲームのおもしろさを分かってくれると思った人に、

「今月末に私は死ぬことになっているというゲームをしてたの」

と話しましたら、

「大丈夫? うつとかじゃない?」 

といわれて、びっくりしました。
鳩がまめでっぽうくらった、という顔になってしまい、二の句が告げなくなったのを覚えてます。
これの何が楽しいのか? これ以上説明できません。やってみてもらうしかないです。

次はないかも、と思いながら、知人と別れるとき、いつまでも、相手のことを見送りたくなります。
私とこれまでつきあってくれてありがとう、と思いが浮かんできます。
ああ、ほんとに、今日、わたしと時間を共有してくれてありがと。すまないねえという気持ち。

やらないと理解できないかもですが、
お茶碗を洗うのも、納豆かきまぜるのも、電車の切符を買うのも、これをあと何回やれるか、と思いながらすると、
動作が前と違うものになります。

二週間でやめずに、これから先はずっと、「今月末でわたしは死ぬ」と思いながら生きていこうかな、
と思いかけていたけど、結局やらなかったのは、どうしてだったのか、忘れました。


昨日、友人とお茶していたとき、携帯メールに目をやった友人の顔が歪みました。

「知り合いが亡くなった・・・」というのです。

「前にあったとき、その人からお茶を飲んでいきなさいといわれたのに、私は次があると思ったから
またにします、と言ったけど、次なんかなかった」

友人はそういって泣きました。

次なんかない。

そう思いながら生きていくゲーム、今日から始めようかな。
今年の8月が、肉体をもって味わえる最後の8月かもしれない、と思えば、
地球の自転する音が聞こえるくらいの精度で瞬間を味わうことも不可能ではないかも。
8月は今日まで? 今日で終わる、と思いながら今日をいきるのは難しいな。
だって
明日は、野菜発送の日だから。
明日、大根いただきにいきます~の約束をいまさら反古にできません。


ぶどう、栗、おこめ、野菜のご注文は
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桃の収穫が終わりました

2017Aug28_iraga.jpg
なんとなく素敵な造形にもみえますが、刺されると痛いなんてもんじゃありません。太秋柿仕事の天敵です



桃が終わった、と三回くらい言ったと思いますが、
本当に終わりました。週末のことでした。

最後のほうは、「一日に一箱」送れるかどうかのせめぎあい。ぽつりぽつりと送っていました。

が、ついに終了です。

ふりかえれば、
今年も、7月後半からの「後期の桃」が予測を大幅に裏切る少量収穫になってしまいました。

特に「山育ちの桃」が一週間に2箱でるかどうか、という時期が長くなり、
結論として、たくさんの「お送りできません」というメールを差し上げることになってしまいました。

まだ、メールを日々お送りしている最中で、全員にはお送りできておりません。
クレジットの決済は、発送後に行いますので、お支払いは発生しておりません。

代引きでの三回コースの方には、お支払いいただき、お送りできなかった差額を、
お振込かポイントかでお返しさせていただきたく、ご連絡をさせていただいております。
メールのお返事をお待ちしております。よろしくお願い申し上げます。


後期の桃が、予想よりとれない、という問題も、二年目。
前期も後期もとれない、という年をあわせれば、三年目。


古くからのお客様から、「錦さんは、昔より買いにくくなった」とメールをいただきました。

「顧客が増えたからしょうがないですね」とおっしゃる方もおいでですが、

お客様の増加よりも、お送りできない理由は、収穫量がとっても減っているからです。

日ごろからご愛顧いただいているお客様により有利になるように、
ネット販売と同時にメルマガで販売開始をお知らせしております。
販売開始と同時にご注文が集中しますが、
その時期にご注文を受けたかたには、たいていお送りできるのですが

それでも、お送りする桃が、ない、という事態がおこるのは、
とくに3回コースと、山育ちの桃に顕著です。

今年は、川中島白桃で、「山育ちの桃」が、ほんの少数しかお送りできませんでした。

前期の桃は、それほど影響を受けていないのですが、
後期の桃は、収穫期までが長いなか、ずっと農薬の援護もないので、
風雨と虫、特に蛾の攻撃にさらされて
ゴールまでたどりつけない桃が多くなっています。

気候とのマッチングの問題もおおいにあるので、
数年前から、品種をかえる方向にすすめています。


いっそ、後期の桃の栽培をやめたほうがいいのでは、と
前から私は提案してます。
そのぶん、葡萄に力を注げるし。
でも、それは、「川中島白桃」のおいしさに出会えなくなるということで、オットは聞く耳をもちません。
「つきあかり」もこれからもっとおいしくなっていく、と意欲まんまんです。
たしかに、マンゴーと桃をあわせたようなすてきなおいしさだった。


いずれにせよ、現時点のうちの、桃の状況は、かなりわるいです。
気候の悪化と農薬削減の組み合わせの悪さを乗り切るには、何かを変えないと・・・
収入を減らす一方のこの流れ、大丈夫?
今年からイチゴもやめますし、今季はキムチも作れませんですから、
とてもとてもさむい冬になりそう・・・・・・・


お客様をたくさんお待たせしながらお送りできない桃とは逆で、
ぶどうは、まだまだお客様の数より、収穫量のほうが多いです。
ただいま畑を広げ、収穫量を年々増やしている最中です。
ぶどうは、消毒しなくても、肥料やらなくても、土地とのマッチングがよいようです。



水曜締切の野菜セット、収穫まっさかりの葡萄、
収穫まぢかの栗、新米の収穫があと一ヶ月にせまったお米などのご注文は

錦自然農園フルーツストア





今週の野菜セット&球磨川音楽祭

2017Aug22_2.jpg

七年も住みながら知らずにいた「球磨川音楽祭」に初めて行きました。
メインは木野雅之さんという、日本フィルのコンサートマスター。
え? と思わず資料を三度見してしまいました。
ピアノ伴奏は、小川哲朗さん。
しかし、伴奏ピアニストというには失礼すぎる、すばらしいピアニストで、
看板には「木野雅之ヴァイオリンコンサート」とかいてあったけど、お二人のコンサートでした。

演奏はアルヴォ・ペルトから始まりました。すごく懐かしい名前。
20代のはじめころ、人気があり、とてもすきな作曲家だったけど、ずーっと忘れてしまっていました。

続いて「クロイツェル・ソナタ」に、「タ・カンパネラ」に「マラゲーニャ」と、有名どころをおさえてくれつつ、
リストやシチェドリン、ヴュータンなどの、小品が続きました。

弦楽器が好きで、バイオリンとチェロが大好きなんです。
多彩で豊かな音をたっぷりと聞けて幸せな二時間でした。
小川さんのリストがとても印象的だったです。

しかし、ベートーベンの名曲の演奏中に、1楽章が終わると盛大に拍手が起こったのは・・・・。
2楽章では間をおかず、すぐに始められた。
拍手が起こったら困る、という判断でしょうね。こんなことは、小さな町のホールならではというか。

それでも、ペアチケットで2000円というのはすばらしい。前日は弦楽四重奏もあったそう。行けばよかった!!!


今週の野菜セットです。

●かぼちゃ(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 錦自然農園/桃とぶどうをつくるあいまに野菜もつくってます。
今日は二種類のかぼちゃがはいっています。どちらもとろっとした食感がスープにあいます。スープは、たまねぎをみじんぎりして油でいため、カボチャを塩茹でしてニンニク、しょうがも投入して柔らかくして、水と固形スープをくわえて、ミキサーなどにかけます。塩コショウで味を調えます。

●大根(無農薬・有機肥料)
・・・・・・・作者 松岡さん/宮崎の山の上まで通って無農薬野菜を栽培されています。
宮崎県の椎葉村に毎日通って野菜や花を作っている農家です。大根の実より栄養満点なのは葉っぱです。ざくざく切って塩して水出しして、ご飯にまぜても、卵焼きに混ぜても、そのままつまんでも、サラダに加えても。

●熊本長なす(低農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 桑原さん/石焼ビザの店をしながらお店用の野菜を作っています
皮が硬いと感じるときは、皮をむいてお使いください。ナスの皮をざっくりとむいて、塩で水出しして、みりん醤油しょうがすりおろしであじをつけた豚肉でいためあわせるのを新聞にのっていたので昨日やってみました。

●ピーマン(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 岡前さん/がんばってます。パプリカは病気で全滅となったそう・・・
今泉久美さんのレシピですが、ピーマンを300g、へたとタネを上から指を押し込んではずし、油で炒めて、味噌とみりんと酒を各大さじ1.5ずつ、水50ccを加え、弱めの中火で5分煮る、焦げそうになったら水を加え、火が通ったらかつお節を。

●じゃがいも(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 植田さん/無農薬、無肥料にこだわる野菜農家。
今回は小ぶりのものをつめてもらいました。肥料を使わないでじゃがいもを作るのは簡単じゃないです。うちではマッシュポテトをよくつくります。ゆでて柔らかくしたものの皮をむいて熱いうちに多めのバターと塩と酢、生卵を全卵か黄身のみ一個、オレガノもはちみつも入れて混ぜます。丸ごとすあげにしてもおいしいとおもいます。

●おくら(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 豊永さん/無肥料、無農薬で野菜を作っているベテラン農家です。
今回もたくさん食べていただくために、ワケアリ品をお願いしました。ワケアリといっても大きさがそろわないと、JA的に規格外になるという慣例に従っているだけ。うちのワケアリ葡萄も房が小さいとか、粒が取れているというのがワケアリになっているだけで、虫食いとか病気とかそういうのではないのです。

●ねぎ(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 白谷さん/無肥料にかぎりなく近い、無農薬ねぎにこだわる農家
ねぎの無農薬は簡単そうで、簡単じゃありません。広大なねぎ畑をすべて無農薬でつくる白谷さん夫婦は、いつもニコニコ、ご夫婦で農業に励まれています。

●にんにく(無農薬・無肥料)
・・・・・・・作者 錦自然農園/桃とぶどうをつくるあいまに野菜もつくってます。
小さいですが無農薬無肥料のニンニクもまた珍しいのです。ニンニクは免疫をあげる野菜のトップにあげられています。

●トマト(低農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 西さん/低農薬でおいしいトマトを作る努力家の農家。
収穫が始まったばかりのトマトは、ちょっと酸味があります。ミニトマトは、来年の初夏まで1キロ単位で当園のサイトで販売します。


水曜締切の野菜セット、
収穫まっさかりの葡萄、
もうすぐ収穫が始まる(9月初めかな)栗、
お米(新米は9月末から発送)などのご注文は

錦自然農園フルーツストア

映画「再会の街」と「マンチェスターバイザシー」



「再会の街」は、amazon の無料映画で。

いい映画でした。
日本語のタイトルがもうすこしよかったら、この映画の観客数も伸びただろうにと思わせます。

PTSDをテーマにした映画でした。
もともと家族に恵まれない男が、911で再び家族を失う。

それまで成功した歯科医であり、幸せに傲慢に生きてこれたのに、
すべてがかわってしまう。
すべてを変わらせないと、生きていけなかった。
そんな十年を過ごした男が、大学時代の友人と再会し、
少しずつ人生を取り戻していく、という映画なんです・・・・・

これ以上はネタバレに抵触しますので黙りますが

この映画の何がいいって役者がやはり上手なんです

心の内側が少しずつ、薄紙をはがすように変わっていくさまを、どうやって役者と演出で表現するかが
この映画のキモになると思いますが、
ほんとにまあ、上手です。

大学時代の親友役の黒人も、その家族や、出てくる人たちがみなさん上手で
表面的には豊かでなんの問題もないという人々の暮らしに潜む、
危うさを自然に表現していて、すばらしいです

映画「マンチェスターバイザシー」もある意味、共通点の多い映画でした。
主人公の失ったものが偶然にも同じ。
心の傷が深すぎて、救いようがないというところから、かすかに復活を兆しを見せるところまでのストーリー。
ひとりでは立ち直れない。
人間関係があるからできることがある

どちらの映画も、演じる人の上手さがあってこそ成り立つ映画。
日本で同じことをやっても「あの人が演じている」と、俳優の名前がつきまとう

ほんの少しだけ、ニューヨークで演劇学校にいきました。
ビギナーズクラスなのに、先生は有名なシリーズものに出ている現役の役者で、二人芝居を割り振られた相手方は
ブロードウエイで役がついたため途中でやめてった・・・・


アイカタが途中でやめてったタイミングで、その先生も何かの仕事がきまり先生を降板、
続いてやってきた役者さんは、私には何を言っているかわからない早口の男優で
英語学校の代わりにきていた私は、あっさりとやめました。

最初の先生が教えてくれたことでわすれがたいのが

「電話がなる、電話にきづく、受話器をとる、じゃない。数秒のシーンに、万の瞬間がある。
それをすべて感じ取りなさい。」

すごくわかる、と思いました。
これは演劇だけの話じゃないですね。
絵でも音楽でもそうだし
農業でも料理でもそう。
「これをして」と同じ言葉で伝えても、受け取り手によって、まったく違う結果になる



水曜締切の野菜セット、
収穫まっさかりの葡萄、
もうすぐ収穫が始まる(9月初めかな)栗、
お米(新米は9月末から発送)などのご注文は

錦自然農園フルーツストア

「庶民だったんですね」

2017Aug22_3.jpg
クウシンサイの畑。農薬一度も使わないけど、病虫害なくすこやかに育ってます。


埼玉のお客さんから

ウチの近所には不動産数十億の資産をもっている大金持ちの農家がたくさんいます。
錦さんも、こんなに果物が安いのは、お金持ちだからショウバイはどうでもいいからだと信じてました。
庶民だったんですね


という内容のメールをいただき、おもしろいな~~と思いました。


都会に近いエリアと、都会から遠いエリアでは、
「農家」という単語のニュアンスが、同じ単語とは思えないくらい違うということ。


わたしの結婚に際して

「果樹農家に嫁いだ」=「果樹園に玉の輿にのった」

と解釈した東京の人がいました。

山梨あたりで果樹園=大金持ち
な農家がいっぱいいるからなのでしょうか? 考えてもなかった反応で驚きました。

ウチは庶民と言う言葉が上等に聞こえるほど、の庶民ですよ~


いずれにしても、首都圏や首都圏に近い、地価の高いエリアでは、
小さな畑といえども、まとめてしまえばとんでもなく高いから
そこで野菜をつくって、直売したいなんて、酔狂なことになってしまうこともあるでしょう。
固定資産税を支払うには、もはや農業では無理、という理由も大きそう。


地方では、別の事情で農地の存続が難しい。
ある友人は今年から、大規模な田んぼを、食料用から家畜の飼料用に転換しました。
人間ヨウでなければ、手間がかからず、補助金が高い飼料稲は有利。
こうした補助金の制度がなければ、担い手が不足している農家が農地を存続させるのはとても難しくなります。
農地が農地であり続けることが難しいのは、都会の農家も田舎の農家も同じです。


フランスが広大な農地面積をキープし、国土イメージをキープできるのも、
農家への補助金が大盤振る舞いされているから。
世界有数の農業国でさえ、です。
農産物を売るだけでは、経済的に厳しい。ツトメに出たほうが安定します。

60年前にはじまる経済成長期、豊かさを求めた農家の息子たちが
農業以外の職業につきたいと志したのも、当然のなりゆき。
当時の政策も、車産業を栄えさせるためには、農業を捨ててよし、という方向にあったことは
確かですし。

そんな中で、農業をつないできた担い手の人たちは、強い意思をもって農業を選んだのだろうと思います。

それは今も大して変わっていません。
うちもそうですが、あえて農業を選んだ人の多くは、
豊かさの指標を、儲けではないところにおいています。
野菜を販売していただいている農家のほとんどがそういう農家です。
強い意志かどうかはわかりません。


だから
お客さんとのネガティブなやりとりを、とてもとても嫌がります。
ちょっとした問題を伝えるだけで、「取引中止」のシャッターが下りてくる空気感がビシバシある農家も珍しくない。


こういってはなんですが、最近の「お客さんは神様です」「儲け第一」の経済でまわっている大多数の企業と
そういう農家は違う思考回路で仕事しています。

モウケ以外の目的や志向を杖にして、働いています。
うちのしゅうとが卵を販売する際に、もっとも嫌がったのが、最後までストレスになっていたのが
ネットで、都会のお客さんに売ることでした。
ホッとした、と何度か言われて、そんなにイヤだったのか、そんなにも不安にさせていたのか、と今更のように驚いてしまうほど。

卵の梱包を最大限に強固に頑丈にし、価格をもっと高くすると、しゅうとのストレスは緩和されたかもしれないと
いまごろ気づいたりしますが、そのようにして事故をゼロにする工夫が
千人に一人もいないウルサイ人のためだとすると、やはりできなかったです。
千人に一人いるかいないかの神経質な人のために、規格ごと変えることは、大企業ではよくあるようですが。


まあ、いろんな農家があります





金曜発送の野菜セットは、今日水曜正午締切です。ブドウと栗のご注文も以下で。
錦自然農園フルーツストア