農家の嫁が幸せになりがちな理由

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昨日の夕食。リビングで栽培している「スーパーブロッコリースプラウト」をたっぷりのせた、米粉でつくったチヂミ的なもの


熊本に来てからというもの、ほぼ毎日、しあわせだなあーと加山雄三のように思っているのでした。
ひょっとしてその原因は、職業が農家だから? と思いつきましたのでめもっておこう。


農家の嫁がしあわせになりがちな理由

1 人にギブする仕事だから

そういう気持ちがねっこにあります
生産量をもっと増やせば、もっとしあわせになるんだろうなと思います
あげるものがもっと増えれば、喜んでいただく瞬間がもっと増えて、もっとしあわせになってしまいそう
なのにできないのがウチのさびしいところ

2 土の近くにいる

土にはいろいろな生物がひそんでいるし、いろいろな植物もはえているし、つまりにぎやかです。
人間がいなくても、さびしくなりようがない、という場所です

3 おっとがかっこよく見える

私の限られた人間関係でいうと、農家のよめはみなさま、おっとが好きみたいで、わかりやすく愛情を放出している人が多いです。
農業って男が有利なところが多いので(力とか体力とかの面で)、
たよりがいがあって、しゅてき☆と目に星が入ってしまうシーンが多々あるのかも

4 実際にすてきな人が多い

農家の男で、ちゃんとやっている人は、素敵なヒトがだんぜん多い。
これは、責任をしょって、日々自然と格闘しているせいでしょうか。 

5 根底にあきらめがある

あきらめという言葉よりもっといい言葉がありそうですが、思い浮かばない
自然が次々に予想や期待をぶちやぶる経験をしているから、むやみに「夢のかたまり」になれません。
仏陀は、「いきることはつらいこと」と教えましたが、教えられなくてもよーく知っている
あきらめている人は、逆に明るくなってしまいます。

6 孤立していてはできない仕事だから

農業をやっていて、孤立していることは不可能です。
どうしても、周囲の人たちにお願いしたり、頼んだり、頭を下げたりしないと職業的にまわりません。
そうやっていると、どうしても、周囲の人たちに「ありがとう」ばかりいうはめになります。
助けられたり、助けたりの繰り返しで歳月が過ぎていくので、しあわせにならざるをえない

7 食にめぐまれている

うちなんかはまだまだですが、長く農業をやっている人の、食のゆたかさは、まったくうらやましいほどです。
超豊かな食が台所にあふれて処理しきれない、というとき、いただきますおこぼれに毎度目を丸くしてます。

8 人と自分を比較しなくていい

これはどこのエリアでもいえるかどうかわかりませんが、ウチのような人家がまばらなエリアで、
集会的なものもほぼないエリアですと、ヒトはもっとうまくやってるんだろうか、とかをきにする「機会」がありません。
自分を他人と比較するのは多くの場合、不幸の素ですからね~
東京などいくと、あまりに人が多いので、人からどう見られているかとか人と自分を比較する目線が
自然発生しているのに気づくことがあります

9 動物が飼える

だれもが動物を飼いたいわけじゃないでしょうが、わたしの場合、犬がくらしのなかにいるかいないかは、
幸福度が3600点ちがいます(なんの数字?)

10 ヤオヨロズの神様がそばにいる

良くも悪くも、明日のことがわかりません。なにひとつ、保障されていない人生。
農と宗教がリンクしやすいのはしかたないなと農家になって思いました。
山の神でも川でも海でも大地の神でも、かみさま~という気持ちが困ったときには湧いて出るかも
本気で困ったことがまだないですが、そういう風習の発生が自然なことだと思えます





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