一人暮らしする10歳のものがたり

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桃園で草をたべまくるまいきち。不足しているのはなんですか?


「小公女」「家なき少女(ペリーヌ物語)」「長靴下のピッピ」「ハイジ」
は、小学生のころから大好きだったお話で
いまも折に触れては読み返しています。

ハイジが 1880年
家なき少女が1893年
小公女が 1905年
ピッピは1945年


ピッピ以外は、子供の権利が確立していなかった時代。
いくらでも子供が虐待されていた時代の話です。
子供向けの本では省略してありますが、完訳ものはなかなかすさまじい。
二日間ごはん抜きを言い渡され、
冬のロンドンでコートもなく靴下もなく雪のなか外働きするセーラ。

ペリーヌにいたっては、
こどもが買い物にきたら、これは贋金だといって取り上げる商店主とかいて、
おかげでペリーヌは飢えて街道をひとり歩いて餓死寸前になる。

ハイジはフランクフルトのゼーゼマン家にいわば奉公に出たに等しいわけだけど、
その報酬はおばさんがひとりじめしている。

このように虐待された女の子の物語というのはおもしろい、
という話ではなくて、

わたしの大好きな少女小説は、みんな一人暮らしをしている
ということに気がつきました。

ハイジは肉親をはなれて他人と暮らしているという意味での一人暮らしだけど、
あとの三人は独立している。
独立して暮らすことのおもしろさをわたしに教えたのはたぶんペリーヌ。

ペリーヌは
狩猟小屋を住処として、葉っぱのお皿に、野原で採取した食べられる野草や、
糸をたれて吊り上げた魚、鳥の巣から盗んだ卵を、
食べ散らして捨てられた缶をお鍋にして調理する。すごいです。

スプーンはお鍋のふたでつくるし、
鋏もないのに布をかってきて下着をつくり、
エスパドーリュを水草で編み上げたりする。
そのときペリーヌ、たぶん12歳。

ペリーヌにこうした強さをもたらしたのは、
ペリーヌのお母さんが死ぬ前に遺した言葉でしょうか。

「何事もけっして急がないこと。
おまえにはなにも要求する権利はないのです。
得るものは自分で、自分ひとりの力で手に入れるのです。
よいこであること、人に愛されること、
すべてはそこにある」

ハイジはゼーゼマン家のおばあさんに心の教育を受けます。

「辛いこと悲しいことがみんなかみさまのおぼしめしだったらどうすりゃいい?」とお医者様がいうとハイジは、

「そんなら待つのよ。神様はあとからいいことをしてくださるおつもりなんだわって。ただじっと、逃げずにがまんして、逃げずにいなければね。そしたらきっと、なにもかもいっぺんによくなって、神様がわたしたちのことをずっと思ってくださっていたってことがわかるわ」

こういうことをハイジはおじいさんにも言うのですが、
そうしたことを吹き込んだのは、クララのおばあさま。

「神様はみんなのことをみていてくださるのよ。
みんなのお願いをきいて、それをかなえてやるのにいちばんいい時期をしっていらっしゃる。
ほんとうに喜べるときまでかなえるのを待ってあげなくてはとおもっていらっしゃる」

小公女セーラの処世術は強気です。
きついことをされるとセーラはこういうふうに考えます。

「あなたは皇女さまに向かってひどいことを言っているのに気付いてないのですね。
あなたなんか、わたしがそうしようと思えばひどいめにあわされるのですよ。
わたしはわたしは皇女さまで、あなたが もののわからない、あわれな、つまらない年寄りで、
ほんとうのことを知らないのだと思うから許してあげているのですよ」


そう心の中で思うから、セーラはどんなに下働きの人やミンチンからいじわるされても、
自分の言葉づかいや態度を低くしません。
下品な言葉や乱暴なふるまいを周りがみんなしていても

「自分はほかのものにはなりません」

の意思を貫くのです。

小学生のうちにくりかえしよんだ本には、
「秘密の花園」「小公子」「大草原の小さな家」もあります。

小学校のとき面白かった本は、大人になってもますますおもしろい。
とくに「ハイジ」は3世紀に1冊の傑作児童文学です。

今日もアマゾンから本が届いたですよ。
ちょっとディープな食養生の本。
そのうちご紹介しますね

上記の人たちの中で
いちばん好きなのは、人の捨てたカンカンで料理し、葉っぱのお皿で友人をもてなすペリーヌ
友達になれない、もしくはなったとしても、ケンカしそうなのはセーラ



錦自然農園フルーツストア
ハイジの白パンは売ってませんが、もっと素敵なものあるかもです
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