「小公子」は子供のしつけのハウツー本

以前、たまたま目にした昼のドラマで

「愛って名前はね、みんなに愛されるようにとパパがつけてくれたんだよ」

というせりふがありました。
聞いた瞬間、いやーな気分。
あれ? なんでかな

すぐわかりました。

みんなに愛されるように、と望むことじたいがわたしは小学生のときから嫌だと思っていました。
それってけちくさい。

わたしだったら

「だれのことも等しく愛することができる人になるように、おしみなく愛を注げる人になるように愛と名づけた」

とでも言いたいとこです。

ということを思ったのは、最近「小公子」を読み返したせいでしょうか。
小学二年生のときにはじめて読んで、ずっと愛読してきた「小公子」。
小学館の少年少女世界名作全集の配本の1冊目でした。
全56(?)巻のなかで、これだけ突出してボロボロです。

ボロボロの原因は小公女と小公子が入ってる本だったから。
小公女をわたしは特に愛読していましたが、
「小公子」も完訳本を読んでみようと思い立ち、偕成社のものを買いました。

主人公セドリックは、こんな子いるわけない、と19世紀の発刊当時でも言われたらしい天使のような、誰からも愛される男の子(7歳)。
しかし当時にして百万部突破の大ベストセラー。

ここに描かれたセドリックは、子をもつ母の理想の少年でありましょう。

夫に恵まれず、離婚が非常に少なかった時代に離婚した作者フランシス・エリザ・ホジソン・バーネット(フルネーム覚えちゃった)の、次男がセドリックのモデルといわれているそうです。
現実の次男は、大人になって、転覆した船から4人を救い出して、力尽きて死んだのだそう。

まさに、小公子に続編があったらかくや、と思われる次男なのでした。
バーネットの書いたセドリックと母の関係は、自分がこうありたいと望んだ理想の形だったかもしれません。
または、自分の子育てを著作に反映させたかもしれません。

小公子の主人公セドリックは、生まれてからこのかた、口汚いののしりの言葉も人を罵倒することばも聞かずに育った子供として描かれます。

最愛の人を大事にしようとする愛のある言葉だけがかれの周りで話される言葉だったと描かれています。

父親は母親を最大に大切にし、そういう言葉だけを使って話しかけ、
母親も父親を最愛の人として、美しい言葉や愛のある言葉だけを使って話しかける。

セドリックが7歳にして初めて出会うイギリスの大貴族であるおじいさんが何度も驚くのは、
おじいさんがセドリックの母親を嫌っていることをあらわにひどい扱いをしているのに、母親はおじいさんを悪くいう言葉をひとことも息子に伝えなかったことです。

おじいさんが世界でいちばん親切でやさしくていい人であるという気持ちを息子がもつようにしました。
それが息子をシアワセにすると母は信じたのでしょう。

何歳かは書いていませんが、おそらく25,6歳の設定ではないかと思われるセドリックの母親。
彼女はセドリックに言うのです。

「ママがとても賢くてあなたにたくさん立派なことをいってあげられたらいいのにね。
でもね、どうか、いつもよいことをする人、勇気のある人、ほかの人にはやさしく、誠実な人でいてちょうだい。
そうすれば一生、人を傷つけることはないし、誰かを助けることさえできるかもしれない。
あなたが生まれてきたためにこの世がよくなる、ほんの少しでもね。そのことが何よりたいせつなの」

この部分は、作者バーネットがこの本を通していちばん書きたかったことかもしれません。
バーネットの本を通して読むと、彼女はかなりスピリチュアルでサトリの入った人のように思われます。

伯爵は「金さえ与えとけばいいんだろ」という考え方で自分の子供とも接してきた人ですが、セドリックはそういう人のところで暮らしても少しも悪影響を受けない。
それはこれまで 母親と父親が、日々セドリックに愛ある言葉を耳にいれ、実際に親たちも人に親切にすること、困っている人を助けることを行動で見せた教育の成果であることもさらっと書かれています。

現実には、こどもは テレビや保育園でいじわるや性悪にどんどん触れていくわけですし、セドリックのように生まれたときからニコニコしてほとんど泣きもしなかった、という子供は少ないわけですが

毎日接する親の、他人への憎悪をむきだしにしている姿や、人を差別している姿や、人が傷つくのをわかっていてあえて意地悪い言動をするさまを見ながら育ってしまえば、やはりそれなりの影響を受けてしまうのでしょうな、と思うのでした。
必然としてそんな人間になってしまうとは思わないですが

昭和40年代に小学館が発行した名作全集では、お話の終わりに、指導要領みたいなものがつけられています。
子供に小公子という物語の意義をどう読み取らせるかが、こうまとめられています。

・明朗活発で純真な態度を持つこと
・ユーモアを解すること
・劣等感を持たない、失望から立ち直る
・家族の人々と愛情によって親和すること
・隣人や友人と親和すること
・不幸な境遇にある人々に同情すること

劣等感をもたない、失望から立ち直る、
と特質が幼児期に作られていると、大人になってからたいへんなアドバンテージになると思います。

生まれつきとか、環境もあるでしょうが、この差は大きい。
劣等感を持たない人は、人の価値はそれぞれに違うと知っている。全員に価値があると知っている。
他人を差別する人は、間違いなく劣等感を持ちやすい人。いばりたがり=いじけやすい。

セドリックの母親はみなしごの女中の子で、父親は大貴族の子です。
どういう境遇も差別しないという姿勢が母親のなかで貫かれていますが、これは、もともと貴族だった人のほうがむしろ得やすい美点です。
成り上がりのほうが、自分の昔に似た環境の人を差別しやすい。
そういう点から見ても、人間ができているといえるのは、セドリックよりむしろ母おやのほうです。

子供のときは気付かなかったけど、作中なんどもそういう言葉が出てきます。
「この子がこんなにいい子なのは、母親がすばらしいからです」

8歳のわたしはなにも気付きませんでした。
子供のときに読んだものを大人になって読み返すというのは、おもしろいです。

とくにフランシス・エリザ・ホジソン・バーネットさんの作品は、大人になってから再読すると、その意味がもっとわかります。



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