農家初年の夏日記

柿の摘果中

2010年の8月は私が熊本にきて半年後の夏
上の写真はそのころのもの
人生初体験となる、柿の摘果中です
そのころどんな日々を過ごしていたか、
記録がありました

>>>>>>> 2010年8月 >>>>>>>

朝6時半におきて、犬の散歩
8時までぶどうの収穫と梱包 それを少し手伝う
8時から道の駅にぶどうをもっていく 値札をはって棚にぶどうを並べる

その足でスーパーにいき、桃の売れ行きをチェック 
どうしてこんなに安く売るの?とよく彼に聞いていたけど、
こんなに安くても、たくさん売れ残っている

9時半 帰宅 朝ごはん
10時 再び道の駅の棚に商品を並べにいく
きのう納品したものがやまほど売れ残っていて、
これまで完売の日が多かったからショックをうける 
隣にぶどうが新登場してた。エラク安い

11時 ぶどうを発送するとき、お客様にうちのぶどうのことをわかってもらうように
送り状をつけようと提案
 
文面を書いたので見てももらったらだーりんが「すごい」といってくれる

12時 昼ごはん
冷奴、冷やしとまと、にらとじゃこの卵とじ、お味噌汁

1時半 お客様がぶどうを買いに鹿児島からこられる
卵もふくめ、たくさんお買い上げいただいた。だいぶ量でおまけした。
ミントやバジルなどをお土産にお渡しする。
農園のHPを熟読されているかたで、「あなたいい人と結婚したわねえ」と二回いわれた

2時半 お昼のあとの片付け
4時 近所の高速道路のサービスエリアに商品構成を見に行こうとダーリンがいうのでドライブ
5時 温泉にいく
7時 ゆうごはん
9時半 ねる

>>>>>>

2010年はわたしも園主も、のどかでした

この年はいろんなことに挑戦しました
でもことごとく、的外れ

●スーパーの地産地消エリアに並べてもらう→ 売れないのでやめた
●温泉旅館の売店においてもらう→ 売れないのでやめた
●国道沿いに直売店をオープン→ 売れないのでやめた

安くすると売れるのですが
私たち弱小かじゅのうかが安売り専門店になったら先がないのは火を見るより明らか

農薬を使わないという方向をもっときちっとさだめて、ちゃんと世間にアピールして
それを求めてくれる人のために作ろう

そんなことを私が言いだしたのはこの夏が過ぎたころから
農薬や肥料になんの問題も感じてない人に安く売るのじゃなく、
これが欲しいと言ってくれる人を探そう

夫婦ケンカも大きなやつを何かいもして、
インターネットで全国に売るためになにをしたらいいか
農園の個性をだすためにはどうしたらいいか
栽培方法はどうするか
バトルしながらきめていきました
秋のあいだにまた新たなチャレンジ

●農薬なしで果物つくるための先生さがし
(まずりんごの木村さんの講演会にいき、翌週には道法さんの勉強会に参加
師匠は道法さんにけってい)
●経費最少でネットショップをつくる


2010年の秋が深まるほどに、太秋柿の収穫がほとんどないことがはっきりしました
このとしは、今につながる異常気象の最初の年。春の寒さ、夏の豪雨、めちゃくちゃでした
桃もぶどうも柿もダメ。年収は百万円代
彼が就農して最低年収更新

ここまでくると、次の手を打つしかない。さらなるチャレンジにオットをけしかけました

●彼は今まで冬はバイトしていましたが、それをやめさせたのです
新規就農のほとんどのひとはバイトをしながらなんとか生活していますが、彼もそれをずっとしていました

バイトではなく自分たちに売れるものを売ろうとわたしは口癖のようにいい続け

●結果、冬の時間は「いちご」の生産に本腰入れて取り組むことになり
それはいまだに、たえまない苦労と徒労と心労で園主をムチ打ってます
評価は高いけど、むずかしい~~~いちご

何が成功か、何が失敗か、何がよいことで、何が起こってほしくないことか、
これまでの人生でもっていたかもしれないイメージはこの年で
半分は崩れ落ちたと思われます

今年の太秋柿は、私がここにきて以来、みたこともないできです

すごいねえ、と園主と私は柿園でうっとりしています
われらが柿園がふつうであることを見るのが初めて
それにうっとり

たった4年で大躍進です


2014Aug12.jpg
普通の柿農家では普通の大量の摘果作業を今年はやれてます

2014Aug12_2.jpg


関連記事
スポンサーサイト