鹿児島のお茶園

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川上さんちの無農薬・生姜畑。おーさわじゃぱんで販売されたり
大評判の鉄火味噌の材料になったりするそうです



「今日はどこかにいこう」

と園主が言い出したら「私は行きたくない、家でゆっくりしてます」なんていえない錦自然農園
そんなこといったら、明日の発送の桃にムカツキモードがトッピングされてしまいます

桃の収穫、発送は昨日から始まりましたが今日は早くもおやすみ
(畑の事情で)

どこかにいきたいってどこいきたいの?

と聞いたってアイデアはないのが園主の常
とにかく畑から30キロ以上離れられたらそれでよし、なんです
頭のなかは桃と柿といちごとぶどうのことでいっぱい
それを半日忘れることだけが目的なんだから


じゃあワタシ、あそこいきたい

ワタシの提案で一発決定したのは、鹿児島県は伊佐市のお茶園
先方に電話して、了承をいただき、GO====

とっさに選んだ今日の旅のおともはフルトベングラー指揮の「ドン・ジョバンニ」と
キューバ音楽のクラシックコレクション
(モーツアルトは、北鹿児島の緑しかない風景にぴったりでした)

伊佐のお茶園?
オーサワジャパンで販売している三年番茶の生産者の「大口食養村」のことです
行くのは二回目
園主といくのははじめて

最近実家の母もせっせと梅醤番茶にして飲み始めました
うちの番茶もきれているし、行くなら今日だ、と思いつきで動いて大正解でした
おちゃはコレです

(大口食養村のウエブサイト http://okuchisyokuyoumura.com/)

お忙しいなか、川上夫妻といろんなこと話してきました
川上さんたちは30年前に東京から鹿児島に移住して、縁もゆかりもない場所で放棄されたお茶畑を
あちこちで借り、今にいたるまでずっと無農薬で生産
それを1年がかりで加工して、オーサワジャパン経由で全国に販売しています

最初は農薬を使わないでお茶を作るのは大変で、やはり10年はハードな時期があったそう

「そちらも有機ですか」とたずねられました

「有機・・・っていうのとは違うんですよ。うちは肥料も堆肥も何も使わないので」
「へえ、堆肥もですか」
「農薬も一部まったく使わない畑がありますけど、ほとんどの畑は使っていますね」

「どういうとこで売ってるんですか」

「うちはぜんぶ直送です」

「ぜんぶ?」

「はい、だから大変です」

「だけど、農薬をなるべく使わないということを大事にする人ばかりが買うんでしょう?」

「そういう人が多いですが、そうじゃない人もたくさんいます。
農薬をここまで減らすことがどれだけ大変か、あまり言わないこちらもいけないんでしょうけど
理解されてないと感じることが多いです

減農薬ということばは幅が広いので、ここまで農薬使うのにまだ減農薬か「特別栽培」認定かと驚くレベルが
世間にはざらにありますから、農薬とか無農薬とか言葉はあまり意味がないんですね

無農薬にするのが比較的かんたんなのは、古い品種なんですが、そういうものは食味がよろしくないんです
おいしさを追求しながら、農薬減や無農薬まで追いかけるのは、なんだか気持ちがしんどくなってきました」

わかってくれる人にあうと、愚痴をいいたいモードがついつい。。。

川上さんが言います

「土地の若い人が在来種の野菜を苦労して種から採取して栽培して売っているんですが、
昔ながらの品種というのは、いまのおいしさを追求して作られているものを食べなれている人からすると
まあ、いってみれば、おいしくないんですね
買った人が水っぽいとかおいしくないとかそういうことを言うそうですよ

でもねえわたしはおもうんですけど、体が求めているものは舌がおいしいとおもうものとは違いますよ

おいしさって最近はいろんなものが加えられて作られますからね」

「うちのフルーツでも、とくに桃が多いんですが、以前から同じことをよくお客さんから聞きました
お母さんはなんだかイマイチとおもうんだけど、はっきり言わないけどたぶんお母さんは
まずいとおもったんだと伝わるんですが、横で小さい子供がその同じ桃をバクバク食べていると
桃は嫌いだとおもっていた子供がすごい勢いで食べていると」

「子供は直感や本能がいきているから。
日本は戦後豊かになったということになっているけど、結局がん患者がこんなにたくさんいる国になった
食べ物が外国から入ってきて味覚はどんどん変になった
一部の人が儲かるように作られたものがおいしいものってことになって
新聞もテレビもなにも本当のことはいわないですからね
だれも何も考えない。自分が何を食べるかは大事なことなのに、周りの意見にすぐにのります」

「自分の内側に聞いて食べるというより、みんなが買っているとか、みんなが食べているとか
周りばかりみて、食べるもの決める人多いです」

「エデンの園でイブとアダムになんで食べるなといったものを食べたんだといったら、アダムは『イブがおいしいよといったから』といい、イブは『悪魔がコレを食べると知恵がつくとかなんとかいったから』といったという話がありますが、結局自分の判断じゃなく、人がいいといったから、といいながら食べるという文化はそこから始まっている、ということを言っている人がいるそうです

日本が戦後ずっとやってきた食の洗脳というか、宗教にも通じるような宣伝、あれは根が深いです」と川上さんがいえば

「江戸の末期に飛脚の仕事をしているひとたちを二群にわけて実験した外国人がいたそうです。一方には普段食べている日本の食事。もう一方は栄養学でこれが必要といわれている肉や牛乳などを取り入れた食事。

肉食べさせられた人たちはたちまち体力が落ちて、いつもどおりに働けなくなって、頼むかたもとの食事にもどしてくれ、といったそうです。

体の消化機能が百年や二百年で変わると思えないけど、頭のほうが変わったんですね
人は自分の体に聞くよりも、頭にきくようになったというか
江戸時代の人にはそういう感覚まだなかったんでしょうね」とわやし


話はどこまで広がり続けてお仕事のあいまをお邪魔しているのを
忘れてしまうほどで

申し訳ないことでしたが
楽しかったです

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PS

ときどきうちに突然桃を買いに来られる方がいらっしゃいますが
桃があるときならまだいいですが、たいていはないので
どうぞ、出発されるまえに、ご一報くださいませ
遠方からおこしになって、てぶらでお返しするのは
とても申し訳ないので


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