FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「スケールをデッカク区切って、じっくり人生を熟成させるんだー」

mutsu.jpg

1980年代から大事にもっているりぼんコミックスの
『流れ星パラダイス』(陸奥A子)。

改めて奥付を見たら、1987年の初版でした。
このとき漫画の主人公は18歳。
アーチストである、発言の主は27歳前後?

13年後を(40歳前後になるとき)を一区切りにするというこのアーチストの発言に驚いている主人公と同じ気持ちで
ワタシも当時この発言を読みました。


うん 
スケールをデッカク!!区切って、じっくり人生を熟成させるんだー



当時女性は、25歳前に結婚すれば成功者。30歳すぎたら女性としてみてもらえない時代でした。
21世紀になりたての東京でさえ、
「30過ぎの女は女として見られないんだよ、えみちゃんは知らないでしょうけど。日本の男ってみんなそうよ。とくに会社員はね」。
私は会社員にうとかったので、友人が教えてくれました。


根強いのは、
人生のイベントや節目はすべて人生の早期に詰め込んでおくものだ、という世間の思い込み。

60歳で結婚したり、70歳で新しい業界の仕事をはじめたりするとみんな驚きますね。


人生ゴールの設定が早すぎるから、
何にせよ急ぐ必要があるかのように思わせられているのではないか。

スケールをデッカク区切れないのではないか。


定年がゴールのように言われていた時代から、いまは、年金受給の関連もあり、
ゴールがあいまいになってきていますが、70でも75でもなく、ゴールは120歳。
これが適正な気がします。ゴール設定より前倒しのゴールがきても、まあそれはOK


この設定があるだけで、暮らしにおける時間の概念が変わっていく気がします。


だってゴールは遠いのだから、急ぐ必要がない。急いで短縮して、できた時間のあまりを、どこかに継ぎ足していく必要がない。


その方向で生きることに決めました。


急ぎ癖の弊害は、最初に出た答えに飛びつきやすくなること。

急がなければ、多様な答えを受け入れる余地が増えそうです。
多様さは、外国にいくとか情報に接するだけなく、1メートル四方の世界でも深く見ることで得られますね


1ミリ四方が内包する豊かさは、急いでいてはわからない。
そうやってワタシはどれだけの豊かさを、目の前に広がっているのにもかかわらず、気づきもしないで、わかりやすいものに飛びつき続けてきたでしょう。


ゆっくり歩かなきゃ。
ゆっくりゆっくり。


せっかちを全否定する元年。いえ、元日であります。きょう。1月13日。
理由はまたの日に書くでしょうか。



安全なだけでは売ってません。美味しいから販売させていただいております。
ウエブサイトは↓
錦自然農園フルーツストア


スポンサーサイト

「心配ご無用」

kikuimo2.jpg
オットがつくった菊芋の煮物。
菊芋たくさん、れんこんちょっと、ごぼうちょっと、にんじんちょっと、たまねぎちょっとを油で炒めて、
山江村の乾し椎茸を手でぱらぱらと割りいれて、赤酒(熊本のソウルアルコール・みりん的なもの)、醤油で
調味して、一晩おいて味をふくませる。
菊芋とれんこんの食感の違いがうれしく、ごぼうを煮るとしみでるダシもきいて
「全部食べていい?」「だめ」という会話が出るほど
箸を止めるのに強い意志力が要求される一皿です




本日8回目の結婚記念日です。
特別なことは何もせず、ふたりでその会話をしたわけではないが、
ブログに二日連続そのネタでいくのはなぜなのかな。


熊本に旅立つ前の日に、東京・錦糸町のタイ料理屋でランチした編集者(男・50代)との会話を掘り起こしました。
なんでもメモっている性格がこわいですね。


「もう東京めったにこないんだろ?」

「はい。きませんね。来るのは冠婚葬祭くらい」

「東京を去るにあたって寂しくなったり悲しくなったりしない?」

「ぜんぜん」

「ぜんぜんなの?」

「ちょっと前まで気持ち的に、谷とか山とかありましたけど、それも終わったみたいで、いまはフツーーです」

「向こういったら、やなこといっぱいあるだろうな」

「あるかもですね」

「あまり頑張らないでいやになったら帰って来いよ」

「帰ってきませんってば」

「帰ってきたって、ほーら言ったとおりだろとか言わないから」

「帰ってくるわけないでしょ」

「帰ってきたら、農家嫁体験失敗記とか書けるかもな」

「書きませんから」

「覚悟して頑張るとかしなくていいんだからな」

「まー覚悟もしてるし、頑張りますよ」

「そんなことしなくていいんだから。無理すんなよ」

「新規就農の大先輩いるし(夫のこと)」

「いまは愛してるかもしれないけど・・・」

「心配ご無用」



やさしいコトバなのか、失礼なコトバなのか、いまだに判然としません。
幸いにも、その人の心配してくださったことごとは、ことごとく実現されないまま、今にいたっておりますること
ありがたやありがたや。


「気持ち的に山とか谷とか」とは?

というのは、今もふしぎな気持ちで思いだしますが、
ぜんぜん感情的になっているわけではなく、
とつじょ、まったく突然、涙腺が決壊。
夜でしたが、涙が出てとまらなくなりまして、いったいいったい、これはなに? と驚いて
熊本に電話したことがありました。

自分で感情に蓋をしていたのか?
ワタシの動きがせっかちすぎて(1回あっただけで結婚をきめる)、
体に心がついていけてなかった? 
今になっても、それがなにか、わからないままです。

いずれにしても、
おもしろい動物をみたことを報告するような気持ちで、電話したのに、
彼はとてもとても心配していました。
そういう優しさに慣れてなかったので、自分よりさらに上をゆく珍奇な動物を発見した気分でした。




菊芋も、山江村の乾し椎茸も、無農薬栽培のごぼうも。
今日から無農薬・無化学肥料・宮崎産・蕎麦の実を販売開始します
錦自然農園フルーツストア

地図のない旅

2017Dec15_2.jpg
12月15日の野菜セットです。今週はどうなりますかまだ未定です。


あけましておめでとうございます。
明日でなんと
錦自然農園に嫁入りして八年目です。
「ダメだったら帰ってきていいよ、ほーらねー、とか言わないから」
という声に見送られて東京を出た日から、ずいぶんとまあ、遠いところに来ているなあ。


先月のアメリカ旅行のときに、あれ、と気づきました。
ワタシたちっていつも「地図のない旅」してない? と。

地図もなく旅をすれば、
しなくていい苦労をするし、無駄な時間を費やすことになり、望んでいるわけではないのに手間隙がかかる。
最悪。

先月の旅で、日本から地図もガイドブックも用意しなかったのは、
地図やガイドブックくらいどこでも買える、と思ったからなのに、
世の中はネットでなんでも情報をとってくる社会になっていて、
「地図もガイドブックも、レンタカー屋にもコンビニにもおいてない」「本屋なんかどこにもないし」

地図をやっと手に入れたのは、アメリカついて三日目。
日本のJAFにあたるAAAの支店に飛び込んで、やっとローカルの地図に出会えたです。

それまでは、何をしていたかというと、だいたいこっち、と進路がわかる程度の大きな地図をたよりに
フリーウエイを爆走していただけ。
どういう理由か、スマホ(アイフォン)がネットに接続できない時間が多くて、ナビとして肝心なとき役に立たず。

地図のない旅
ってなんだか、かっこつけた紀行文みたいな音の響きですが、現実に、地図もなく、ほぼ何も事情がわかってない異国で、
次にどこにいくのか、最終的にどこを目指すのかもはっきしりないまま、車を超高速で走らせている・・・・なんて
何がなにやら、頭バクハツしそーーだよーーー
という時間が、けっこうあったりしました。
楽しくないわけではないのですが、えきさいてぃんぐすぎるのです。

「えーー!」と驚く私に
「べつにそんなに騒ぐことじゃない」という対応をするおっとの図式

で、途中で気づいたのですが、
これは、ワタシが熊本にきてからふたりでやってる農業と同じじゃないかと。

「えーーー!年収百万ちょっとなの?」
「べつにそんなに(以下同文)」

ゴールは
リッチな農園なのか、無農薬無肥料の果樹栽培なのか、農業をやめずにすむことか、
お客さんが幸せになるフルーツづくりなのか

とにかくこの8年、超高速でフリーウエイをかっとばしてきたことはまちがいない
ときにはゴールがあることも、何かを目指していることもすっかり忘れ、それでも毎日どこかには必ずたどりついて、
喜んだり、反省したりして、なんとか今にいたる。

地図はないけど、ナビは壊れているけど、
わりとよく働くのが、ツマのアンテナです。

アリゾナの山中で、もう自分たちのヘッドライトしか、文明がともしてくれる明かりはない!
早くねぐらにつかないと、ここ「コヨーテ注意エリア」だよ~~ってときに、

「引き返そう、どこかで間違えた!」とオタつくオットに、
「大丈夫、前に進んで!」と目をまっすぐ前に向けて冷静に前進を命令するツマ。

「えーー、でも~~だと~~~~だから」と理論的に反論する夫。
「大丈夫!」。理屈なし、説明なしのツマ。

こういうシーンが何どか繰り返され、だんだんとツマのいうことは当たってること多かりしことが証明されていき
ついに、おっとはつまから、こう言い渡されるのでした。

「わたし、説明はできないけど、説明求めないで、黙ってついてきてくれる?
説明求められるとめんどくさくなって、もういいよ、あなたのすきにしていいよ、って思ってしまう。
間違ってたときに私が、だからあのときそうじゃないかと思ったんだよ、というの。これ、あなた、いやでしょ?」

おっとは意外にも、にこにこして、うん、というのでありました。

「ワタシの熊本のともだちの、複数のヒトから聞いたことなんだけど、
男がやろうとしていることを見て、
それ間違っているのにな、とやらないほうがいいのになと思っても
女に指図されるのがいやな男のプライドをかんがみて、何も言わないんだって。
やっぱり失敗したなあと思っているけど、忠告とか指図が嫌いな男のプライドのほうを大事にするんだって。
そんな怖いこといやよね? あなた、そういうの、いやじゃない?」


旅は人生。人生は旅。よくぞいったもんです。


地図のない旅が好きなクセは、健康問題にもおよんでおります。
誰かがやった旅のあと追いをしているわけでも、地図やガイドブックがあるわけでもないんですが、
ワタシのアンテナにひっかかるのはコッチダ~~、とやってます。
ひとのせいにはできません。自分を実験台にしてこの道がどこに続くのかを試している最中ですから。


まったく呆れるくらい、いっつも、やることが同じです。

このパターンが好きなのか、と問われれば、それしかできないと返事するしかありません。



もう新米とも、新規就農ともいえない8年目(オットは15年目です)なのに。

相変わらず、スムーズにできないことの多い、
信じられないくらいジタバタとギクシャクの多い毎日をやっている
正直と誠実しかとりえがない錦自然農園。

この不恰好な、ギクシャクぶりに理由があるとすれば、

こういうふうにするのが世間の普通、とか
まともな農園はこういうふうにするんだ、とか
これが最近の流行、とかを踏襲することが、ことごとく、なぜか、できず
できることは、いちいち自分らのアンテナに聞いて、進むことだけ・・・・・のせいかもしれません

こういうところですが、今年も、うんざりしないでお付き合いしてやってください。
どうぞどうぞよろしくお願いします。


追記
今季はキムチを作らないことになりました。
すみませんがよろしくお願い申し上げます。


錦自然農園フルーツストア

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。