映画『ミスター・ノーバディ』

SF映画です。

アマゾンのプレミア会員というのになると無料で映画が見れるという
映像文化を破壊するのか的サービスに加入してまして、ときどき無料の映画を見るんですが、
とんでもない大当たり映画に出会ってしまいました。

映画に関するほとんど情報をいれず、つまんなかったら途中でやめればいい、と思って見始めました。

「これはアメリカ映画じゃないね。イギリス?」と、始まってまもなく私がいうと
「アメリカにきまってる」とおっとが断言。

両方まちがい。
ベルギー人の監督で、フランス、ドイツ、ベルギー、カナダ映画でした。
最近公開された映画「メッセージ」にタマシイを打ち抜かれた人には、
この映画も打ち抜かれます。

私は打ちぬかれただけですまず、コッパ微塵に粉砕されたようなショックを受けました。
夜12時近くに見終わったのもまずかった。
興奮した頭は、なかなか寝付いてくれず、もやもやと映画のイメージが消えてくれないのでした

「メッセージ」と共通しているのですが、テーマのひとつは時間。
そこに「わたしは誰か」という非二元的といかけがかぶさり、
頭で内容をとらえようとすると、複雑なのですが、
美術がすばらしく、ビジュアルが理解を助けてくれる

でも、いっしょに見てたおっとは、早い時間に「いみがわからーーん」

映画がすすむにつれて、一瞬でも見逃したくない状態がずんずん深まっていくのです。
137分、最後までかぶりつきでした。
緊密に練り上げられた脚本がちみつに層を重ねていくディテールをチラ見せしながら、映画が進んでいく
まあ、みごと。おもしろすぎる。
見届けたい、どう終わるのか知りたい、という欲のかたまりにさせてこそ映画。



あのときもし、こうしていたら、その先はどうなったか
あのとき、こうしていなかったら、自分だけではなく、その他無限に無数の誰かの人生も
バタフライ現象的に変えていったかもしれない。
同じく自分の選択だと思っていることも、自分のほかの誰かの選択の影響を
バタフライ現象的に受けていたことを私は自覚してないだけかもしれない。


ついつい自分の過去もその視点でふりかえります。

「あのとき、。。。。。をしなかったら。。。。。。になっていたかも」

って無数にあります。

「もしあのときアレをしていなかったら」シリーズで、今いちばん自分に感謝するのは、

2009年の9月に恵比寿の友人宅にごはんを食べにいったことですね。
もし、行ってなかったら
「えみちゃんは、『西の魔女が死んだ』って映画のおばあさんに似てるんだよね」
という友人の言葉を耳に入れることがなかったでしょう。
それを聞かなければ、西の魔女・・・って映画を見なかった。
映画を見なければ、田舎に住むことを本気で考えよう、行動しよう
なんて思いつくことができなかった。
思いつくことができなければ、
夫をネットで探すなんて思うこともなかったし、
その1ヵ月後にオットを発見、1ヵ月後に会いにいき、その2ヵ月後に婚姻なんてあるわけなくて
今ここにこうして農園ブログを書いているわたしは存在してなくて、
たぶんまだ、都内のどこかで、「今日の打ち合わせには何を着ていこうか」と頭のすみで思いながら
コンクリートの白い箱の中で目を覚ましているでしょう。


あのころ、ものすごく遠い夢として憧れていた
犬を散歩につれていく朝、というのを
今日もしてきました

あのころは夢想だにできなかったが、現実が夢を通り過ぎてます。
朝ごはんを夫がつくってくれています
私は、朝ごはんを一緒に食べる人がいるところまでしか夢想できませんでしたのに。

自分で育てた原木しいたけをたっぷりいれた、ゴボウや昆布や干ししいたけでだしをしみださせた
一晩サーモス(保温調理器)で煮込んだお味噌汁をつくるオット・・・って考えはなかったなあ


「ミスターノーバディ」は、日本では2011年公開だそうです
そのころは熊本にきたばかりで、映画などという文化に触れる生活はあきらめきってました。
今のように片道二時間以上かけてコストを一万円近くかけても映画は劇場で、などと思わない時期でした。

もったいない。劇場でこそ見るべき映画。小さい画面で見る映画ではなかった。
それでもこの映画に出会えたのは僥倖でした

この映画のおかげで・・・・・・というのがきっとあるのですが
それに気づくのはうんと先のことなんでしょう

2009年に公開された映画。この時期に世界は大きな変革期を迎えていたんだろうなあと
あらためて思ったりします。
2001年宇宙の旅、という映画もその時代にはすごかったんでしょうが
こっちのすごさは、レベルがちがう。
なんていってはいけませんが、このような映画が作られる時代になってるってことにも驚いたんだと思います




ぶどう、くり、やさい、おこめなどなどのご注文は
錦自然農園フルーツストア


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機嫌よく暮らす

最近、ふっと、昔のことを思い出します。

たとえば22年前
会社員をやめてフリーランスで編集とかライターとかを始めた頃のこと。

フリーになりたてだから営業もしていたけれど、
企画つくってあちこち廻ったりするより、なにより、日課にしていたこと。
毎日していたことが、ありました。
それを思い出しました。

機嫌よく暮らすことです。

それさえしていれば、いいことがやってくる
とどういうわけか信じていた。
落ち込みそうになると、おいしいものを一人で食べにいったし、映画見に行ったり、
図書館でひとかかえの本をかりて、るんるんと読んでいました。

一人暮らしですし、どうかすると、簡単に落ち込んだり、不安いっぱいになったりもできるので
ちょっときをゆるめると、仕事の電話がかかってこないことが、このままずっと続いたりするのか?
という気持ちにもなったりしそう

そうならないように、
日々のテーマは、「機嫌よくする」に一本化しておりました。

そうすると、ちゃんといいことが起こるのでした。
おかげで順調にやってこれましたが、

たいへんな時期もありました。
日本の仕事たたんで外国で暮らしたりすると、元のペースに戻るのに滞在年数の2倍かかる
と日本をたつ前、あるスウェーデンで勉強された経験のあるカメラマンにいわれましたが、
それはまったく真実で
ぜんぜん仕事ないよ! という時期がガツンとやってきたことがありました。

そのとき
すっかり事態のあやうさに感情的に巻き込まれてしまったそのあとで、
機嫌よくする、という手があったよ、忘れてたよ! となりまして
暮らしを変えたら、
状況が一気に、すばやく、パーフェクトに改善した、魔法のような経験もあります。



ちょうど一年前に9月29日に、病気がわかったんでした。
結局、根本的に変えるべきを変えないといけないんだな、と1年たってようやく、腑に落ちるようになりました。
もう一回、はじめる。くらいの大きな転換。
それがどういうことかは、まだ渦中におりますので言語化できませぬですが。
新しいたびです。




ぶどう、くり、やさい、おこめなどなどのご注文は
錦自然農園フルーツストア


今年のぶどうの感想をありがとうございます

2017Sep19_shine.jpg

ぶどう、まだご注文お受けできます。

この時期になってもまだご注文を受けているのは、初めてのこと。

ぎりぎりまで待って、ほんとに送れる可能性がかなり(100%ではない)高くなって
「在庫なし」から「在庫あり」に変えるのをみみっちく繰り返しているせいでもあります。
桃もこうすればよかった。
そうしたら、キャンセルをたくさんお願いしなくてよかったですね。
(でも桃でそれをすると、事務作業の煩雑さでこちらがアップアップしてしまうので、なかなか・・・)

ミックスぶどうと、紫のぶどうは、もうご注文を受け付けておりませんが
なんとなんと
畑にはたーーくさんなっているんです

なんで売らないのかというと、

「おいしくないから」

とおっとが言うからです
おいしいミックス葡萄、紫ぶどうとべつに、おいしくないぶどうがあるそうです。

どうしても送れないとおっとがいう、ぶどうが
たんまりと畑にある
というこの風景は、ちょっと不思議なかんじします。
売ればお金になるのになあ。と思わぬでもない。
おいしくないっていうけど、全部食べてみたんかい、とつっこみたくなるけど、
もうこれ以上いうと、怒るのでいいません(おこりっぽいんです)


おいしくなさの原因は、温度の問題だそうです。
まあ、しょうがないですね。


今年もぶどうを召し上がったお客様からうれしいお言葉をたくさんいただきました。
ありがたい励ましのお言葉とともに、来年もがんばります。

ご紹介させていただきます。


★★★
葡萄食べました。
いやあ、岡山のピオーネと一緒に緑の葡萄の食べ比べしました。
さすがにピオーネ甘かったですが後に残る甘さは口の中が異様にヘンです。
しかし内布家の葡萄は自然の甘さで、すごく抵抗なく食べられます。
上手くいえませんが、不純物がなく、体に浸透していくような葡萄です。
いくらでも食べられます。
わが娘が給食で出た葡萄に、みんながおいしいと言ってたが、
私はすうーっと入っていかんやった。お母さんがいつも買ってる葡萄がおいしいといいました。
娘の食感はぶれてない、と安心しました(熊本県 Sさま)

★★★
私たちは、本当に錦自然農園さんの果物が好きで、
たくさん送ってくださっても、ぺろりと食べてしまうんですよ。
ちょっと待って!と言いたくなるくらい、すぐになくなってしまいます。
私は食べるのが遅いので、ものすごく損している気がします。←卑しくて恥ずかしい。

他のお店では、買わなくなりました。
義母が、福島出身で、毎年、友人の農園のぶどうやりんごを送ってくれていたのですが、
あまりうちは果物を食べないから、もうしわけないと、中止してもらいました。
311のことだけでなく、
それは立派なぶどうなのですが、
甘いけど、美味しさが薄いというか、深みがなくて、手が出なくなってしまったのです。(東京都 Tさま)

★★★

今年のぶどうはいつもよりおいしい、と家族がいいます。
木が以前より大人になったせいということはないでしょうか
毎年食べるたび今回がこれまでの最高だった、と思うのに、今年も過去いちばんおいしい、と思いました
(東京都 Sさま)

★★★


ありがとうございます。
ワケアリ葡萄にご注文がちょっとかたよっておりまして、発送まで少し時間がかかっています。
緑の葡萄は、即発送してます(お振込確認に時間がかかる場合は例外)

いまは、葡萄より、栗のほうがたっくさんとれてます

今週末から利平の発送もどしどし始まりそうな予感。
ワケアリ栗ももうそろそろかな
例年より二週間遅くなってしまいました。


葡萄でも栗でもそうですが、
時間をかけてみのったほうが、早く育つより、どんな作物でもおいしくなります。
今年の利平もきっとおいしいです

利平のご注文は「在庫なし」になっていますが、
ミックス栗(品種がいろいろ)は、まだまだご注文いただけます

どうぞ
野菜セットと葡萄の同梱、29日金曜まで大丈夫です(たぶん)
野菜セットと栗の同梱は、10月半ばまで大丈夫です(たぶん)



栗とぶどうと野菜とお米とコチュジャンのご注文は
錦自然農園フルーツストア


「きみはしあわせか?」

東京の友人が出張ついでに寄ってくれました。
遠方から人が来るときは、いつもだと観光的にあちこち連れまわすのですが、
今回はおっとと三人で、ずっとしゃべっていたような気がします。

年齢が近い50代男女三人が何をしゃべっているかというと・・・・・・
おたがいの仕事のディテールについてはほとんどしゃべらなかった
ちなみに友人は編集会社を経営しています。


友人は、
「きみは幸せ?」
とか、突然聞くのです。

「うーーん」

オットの前で黙ってしまうのが私。適当に「うん、しあわせよ」といいません。
答えに困って長い沈黙のあげく質問するわけです。
えみこ「あなたは?」


友人「おれは幸せだな」
オット「おれも幸せ」

えみこ「あなたたち二人とも、私から見ると、すごく強いんだけどさ、
私は実に弱くて、けっこうすぐ逃げたくなる。
こういうかんじだから、幸せとは簡単には言いにくいんだけど、
なんであなたたちは、そんなに強いのかね。
たいへんなときにも、揺るがず、ぶれず、まっすぐにぶつかっていけるのはどうしてなのかね」


友人「オレは違うけど、ダンナさんはほんと、ぶれないよな」

オット「そうかなあ(笑)」

えみこ「ダンナサンはぶれないけど、あなただってすごいじゃない。
あのときとか、あれのときとか(30年つきあいがあるのでいろいろ事件がある)よく、逃げたくならないよね。
人に愚痴るとか相談するとかもしないでしょう?
自分のせいじゃないし、逃げちゃえ、とか思わないの? 酒に逃げるとかもしないでさ。
普通、なんか逃げ道探したくならないかね? まともに頑張るだけじゃなくてさ」

友人「逃げれば楽になる、とは思ったかもだけど、そういうこと考えなかったな。
目の前にやるべきことがあったら、それをやっていくことで頭はいっぱいだし、ほかのこと考えないよ」

えみこ「(オットも同じこと言ってたなと思いつつ)でも、あれは、あまりにもたいへんじゃない」

友人「人生って、たいへんだもん」

おっと「人生はたいへん。だから面白い(笑)」

友人「そうなのよ。いつだって、たいへんなんだよ。だから面白い」

おっと「もう、生きてるってことは、そういうことだから。でもそれだから、生きてるって幸せだなあと思える」

友人「おれも! 生きてるのはいいなあって思う。人生たいへんで、おもしろい。
大変なことはどうしたって起こるよ。能力が足りないとか、もっとできればいいのに、とか思うよ。
でもそういうのがおもしろい」


ふたりは多良木町の恒松酒造の焼酎がおいしいみたいで、
一升瓶をかたむけ、手酌でがんがん飲んで楽しそうです。


えみこ「なんで私はいつまでも弱いかねえ」

友人「ほんとに弱いの?」

えみこ「ここんとこ、なんで病気になったか考えろ、と人に言われて、考えようとしてるんだけど、
いろんな理由はあるけど、根本的に、心の弱さがあるなあと。
大人になってから今までのそういうストレスの集積ってそうとうなもんじゃないかと思うんだけど」

おっと「オレ何にも考えないからな。考えてもわかんないこと考えない」

えみこ「うーーーん」

★★★

友人「オレがヨメサンとのことで悩んでいるとき、きみに結婚ってなによ、って聞いたんだよ。
君はあんまり真剣にとりあってくれなかった」

えみこ「都会の結婚と農家の結婚は違うんだよ。
農家の結婚は原始時代からかわってないのよ。
協力しあって生きていくシステムを結婚というの。

結婚って何よって言われてももね、ってかんじだったんじゃないの。
ウチの場合、彼はひとりで生きていけるんで、そうじゃないけど、私はものすごく彼に依存してるからね」

おっと「ぼくだって君に依存してるよ」
えみこ「どこが?」
おっと「ねっこで依存してるんだよ」


後になって考えると、農家に限定する必要はないのかと思いました。

協力して生きていく、依存しあって生きていく(共依存という意味ではなくて)
そういうのが意識から消えていると、結婚してなくてもいいんじゃない?ってことになるかもしれません
でも、依存ってことばには異存あるなあ。と、あとで思いました
頼るとも違う。存在のねっこにすでに絡んでいる的な存在にいやでもなってしまうのが農家的結婚?
農って、経済も哲学も思想も生きかたも全域からむから。


私が20代のときにしてた結婚は、独立独歩の、根っこの絡みまったくなし。
結婚しなくてもよかったんじゃない? といってしまえばいえる。

友人は、そういうのも目撃しているわけで、
今回の結婚については、
「君は運がいい」と何回も言ってくれました。




★★★


ぶどう、栗はあと二週間。これから盛りを迎えます。ご注文は↓
錦自然農園フルーツストア

大型台風がやってきそうです

2017Sep8_kabocha.jpg
うちのカボチャです。いろんな品種がまざってます。
混植してる畑では品種名がわからなくなってしまうこともしばしば



またまたきますかな
大型台風。

「今回のは相当でかい。うちもハウスのビニールをはがさんばかなあ」

と今朝、野菜集荷ツアーの途中であった、農家Nさん

「えーー! おたくのハウスは頑丈だから、これくらい大丈夫でしょう?」

「いや、今回のはむりのごたる」

「だってー、こんなに大きくてたくさんあるのに、たいへんですよ」

「剥がすのはよかばってん、また張るのがなあ。おたくの葡萄はまだ収穫中な」

「はーい、まだあと二週間あります。ビニルはがしてます。うちのはチビサイズですから」

「とりあえず、明日の朝まで様子みるつもりばってんな。
今回は半径200キロあるし、明日の朝、950ヘクトパスカルくらいになっとうやろう。
そこから先がなあ。長居しそうな気配もあるな。
970でくるか950かが、分かれ目やな」

「焼酎持って、山の神様にお祈りいってきます!」

「自分で飲んでしまわんごとな」

「はーい」



大型のが前きたとき、熊本城の植木が数百本倒れ、
山の木が伐採後か?というくらい、ドミノ倒しに倒れて、風景をいっぺんさせてしまいました。

それでも

うちの葡萄は、ほとんど木からとれませんでした。

落ちている房が3,4個あったかな、という程度。

強風に強い葡萄。
葡萄にはあんまり心配していません。


きのうから瀬戸ジャイアンツが、もうしばらくするとシャインマスカットが
「自然派の葡萄 ミックス」や、「ワケアリ葡萄」に入ってきますので
どうぞお愉しみに。

でも、いつごろから採れるのかはわかりません。
収穫時期の予測というのは、私たちは能力的にできませんので、お聞きにならないでくださいね

お客さんが聞くので、一応おっとに聞きますと
「おれは超能力者じゃないからわからん」
とむっつりと、機嫌悪そうに、言われるだけなんです。
(そういうキャラなんですか? とたまに聞かれるけど、そういうキャラなんですよお)

ハニービーナスもまだ続きます。

どれだけとれるかわからないのが毎年、「緑系葡萄」のスリリングなところですが、
今年はどうなんでしょう?
袋あけてみないとわかりませんが、なんか、いいかんじの気配もちらりと


いちばん心配なのは、柿です
丹精した、無農薬の太秋柿!

今年はけっこう調子よくいくかなあ
・・・・なんて
大きな声ではぜったいいいませんが、小声ではちょっとだけ言ってます。


大風に吹かれても残っているかどうかは、さだかでない
だいたい、幹が折れることも珍しくないですから
柿のこと心配するのは、とりあえず、あとにしましょう



今日はあわただしい気持ちでスタートしてます
野菜発送日だし
今日のうちに葡萄をがんがん発送したいと言う気合もあり。

がんばるぞーーーー!!!




新米のご注文は「新米」ってかいてくださいね
野菜、ぶどう、お米のご注文は
錦自然農園フルーツストア

くだものが最高においしい秋です

2016Oct3_kuri.jpg

おかげさまで、ブドウも栗も、味がよいようです。
私たちはいつもおいしいと思っているので、過去との差はわからないのですが、

いつもうちの果物を食べている人たちからの
「去年よりおいしい」
の声が多いです。

栗も、「今年は特においしい」と、思います。

栗を、たくさん食べることはめったにないのに、ついつい手をのばしたら、
手がどうしても止まらなくなり、驚いてしまいました。

あれ、私こんなに栗食べる人じゃないのに?

大腸の手術した人はナッツ類を食べちゃだめ、と最近言われましたので、
ガマンします! もうたべませーーん。

そしてブドウ!!

「ブドウは基本の糖度が高いから、何食べてもおいしいと思うんですよ」

いつもそういうことを言う私です。

「今年は、夜は低温、昼は高気温。雨が降らないし、晴天が連日続くし・・・・
どこのブドウもきっとおいしいんですよ。私たちの努力? いやいや、自然のおかげです」

なんとまた私は、つまんないことばかり言うんでしょう。

すでに何度も言いましたが、まとめて、訂正します。

肥料もやってないし、消毒してない畑を守るために、何年もかけて作ってきた畑が
好天気に後押しされて、おいしいものを実らせてくれてるんだと思います。


なんて言っていますが、
それでも、
「おいしくない! 金返せ!」
って人、いますから。


うちのぶどうを、みんながみんな、おいしい、と言ってくれるわけじゃないんですけど
やはり肥料をたっぷりあげている味、というのは違います。
そういうのをおいしいと思う人がいるし、
私のようにそういうのを食べると頭が痛くなる人もいて、いろいろなのですね。

農薬をたくさん使わないと作れない外観があり、それを評価する人には
おいしいという感覚が、私と違う。それもわかります。


二年前、9月の下旬になって葡萄畑に病気が大発生して、またも「お送りできません」と
大量メールを発送することになりました。


消毒しないリスクは、いつもあります。


どんなことも当たり前じゃない。
果物で、高いリスクのある農法をやれるのは、もともとゆとりがあるからだと、
近所の人からでさえ思われているらしいことを最近知りました
お金、どうしよーーって夜、目が覚めて悩む夜もあります
それでもやってます


実っていることに感謝です。
収穫できることも感謝です。
発送できることにも感謝です。



ぶどうと栗と野菜とお米(新米のご注文は新米希望とかいてください)、お茶のご注文は
錦自然農園フルーツストア

今週の野菜セットと栗

今週の野菜リストです。
遅くなりすみません。

栗の収穫発送はじまりました。
栗の最初の品種である「丹沢」が、予想より少ないです。そして小さいです。
でも、例年より美味しいです。

肥料農薬をやらずに育てる果樹は、少雨の影響を如実にうけます。
つまり小さくなりがり。でも、味はそういうときのほうが、ぐっとつまっておいしくなります。

今の品種に続く品種も、続々でますので、丹波のご注文の方に続く品種をお届けしないといけないかもですが、
味わい的には、この調子で上がっていきますので、お愉しみに。



●大根(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 松岡さん/宮崎の山の上まで通って無農薬野菜を栽培されています。
宮崎県の椎葉村に毎日通っている農家です。大根は、小ぶりの時期だからこそ味わえるおいしさがあります。大根の実より栄養満点なのは葉っぱです。ざくざく切って塩して水出しして、ご飯にまぜても、卵焼きに混ぜても、そのままつまんでも、サラダに加えても。

●なす(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 高田さん/おいしい無農薬野菜の作者で地元の直売店では品切れ必至
うちでも、ナスを昔作っていたことがあります。無農薬栽培は実に難しかった。結果的に、虫害がひどく売り物にはできませんでした。それを思うと、ベテラン野菜作家・高田さんはさすがだなあと思います。今回、虫食いや傷が少々あるのも入れています。高田さんでさえ、売り物にできない膨大な虫食いナスがバックステージにあるんです。到着までの時間で何が起こるかわからないから、傷のひどいものは送れませんが、できることならどれもお送りしたかった。もったいないですもんね。

●甘長とうがらし(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 岡前さん/パプリカが病気で全滅したのが残念
使い方はピーマンとかなり近い、同じ、といっても差し支えないと思います。油で炒めて、醤油、みりんと酒、水をくわえて煮て、花鰹をどさっといれる簡単レシピもいいですし、天ぷらにしてもいいですね。

●じゃがいも(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 植田さん/無農薬、無肥料にこだわる野菜農家。
小ぶりのものをつめてもらいました。肥料を使わないでじゃがいもを作るのは簡単じゃないです。逆に肥料を使いすぎているじゃがいもは、世間にざらにあります。うちではマッシュポテトをよくつくります。ゆでて柔らかくしたものの皮をむいて熱いうちに多めのバターと塩と酢、生卵を全卵か黄身のみ一個、オレガノもはちみつも入れて混ぜます。丸ごとすあげにしてもおいしいとおもいます。

●たまねぎ(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 植田さん/無農薬・無肥料にこだわる野菜農家。
たまねぎも年間をとおしていろいろなタイプのものをお届けしていますが、この品種は初めてかと思います。七宝たまねぎといいます。スライスして梅干とおかかとそうめんのつゆを少々いれて和えたり、普通に煮物に使ったり。

●おくら(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 豊永さん/無肥料、無農薬で野菜を作っているベテラン農家です。
ワケアリ品と正規品を混ぜてお願いしました。ワケアリといっても大きさがそろわないと、JA的に規格外になるという慣例に従っているだけ。

●ねぎ(無農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 白谷さん/無肥料にかぎりなく近い、無農薬ねぎにこだわる農家
ねぎの無農薬は簡単そうで、簡単じゃありません。広大なねぎ畑をすべて無農薬でつくる白谷さん夫婦は、いつもニコニコ、ご夫婦で農業に励まれています。

●にんにく(無農薬・無肥料)・・・・・・・作者 岡前さん/女ひとり農業で、農薬を減らす地道な努力をされています。
無農薬栽培で、天日で自然乾燥させてお届けします。表面は汚いですが、皮をむいたらきれいです。ニンニクは免疫をあげる野菜のトップにあげられています。500gから4キロまでの量での販売も行っています。醤油づけにしたり、オリーブオイル漬けにして保存するとお料理に使いやすく、長持ちします。うす皮までむいてから、冷凍すると、相当長持ちします。

●トマト(低農薬・有機肥料)・・・・・・・作者 西さん/低農薬でおいしいトマトを作る努力家の農家。
庭でなるトマトは夏が盛りですが、トマト農家は盛夏にお休みし、夏の終わりから晩春がオンシーズン。収穫が始まったばかりのトマトは、ちょっと酸味があります。ミニトマトは、来年の初夏まで1キロ単位で当園のサイトで販売します。



ブドウ、栗、野菜のご注文は、
錦自然農園フルーツストア

『イシ 北米最後の野生インディアン』

鶴見俊輔さんがこの本について書かれたすばらしい文章(『近現代作家集Ⅲ』 河出書房新社)を読んで
アマゾンの古本で即買い。
初版は1970年。岩波書店です。
著者はシオドーラ・クローバー。
「ゲド戦記」で知られるル・グゥインの母上で、本にも印象的な序文をよせています。
なぜ文化人類学者の父上がこの本を書かなかったか。
それは本を読めばわかるアメリカ人の暴虐が・・・・・(読んでください)


全然関係ないテーマなんですが、今日ちらっと見たウエブサイトに、こんな言葉が書かれていました。
「人間としてありえない行動だ」。

思いました。
ヒトの行動や価値観は、文化という鋳型しだいでいかようにも、性質をかえます。
戦国時代と、第2次世界大戦中と、20年前と、今と性質がみんな違う。
「人間としてありえない」は、無知だからいえること。
他の時代に対して、私たちはみんな無知です。


「イシ」という本でレポートされているのは、
石を削り、弓をつがえて、狩猟生活し、裸で暮らす石器時代同然の暮らしを生きていた野生インディアンが、
ついに最後のひとりになり、白人の前に自ら姿をあらわしてから亡くなるまでの数年間です。

石器時代から鉄器時代へ。
一日で数万年を飛び越えた男の名前はイシ。

たいした混乱もみせず、鬱屈もせず、スムーズに数万年分のスリップを消化する。
こういうことが誰にでもできるとは思えません。
そこで浮かび上がるのは、イシにそれができるのは、インディアンの集落における一種の上流階級の出身として身につけた堅固な教育があったからと思わせます。


教育とは、学校教育、躾、常識、メディア、伝統、流行、家風、お国柄・・・。
生きて暮らしている空間で、日々吸収するもの。
ヒトの考え方を育て、個々の性質をつくりあげるもの。


石器時代の人間が見るアメリカは、
どんなにまぶしく、すばらしいものに見えるだろうかと、文明側の人間からみると思うところですが、
イシは、おおかたのアメリカ人の想像とはまったく違う感想を抱きます。


英語を十分に使いこなせたとはいえないので、イシの残した言葉は少なく、それを言葉では伝えられてませんが
文化人類学者の奥様が、だんな様に代わってかいたこの本は、豊富な写真と周囲の人との交流の記録から、
イシの考えを、イシが受け継いだ野生インディアンの哲学をあぶりだします。

イシがみたアメリカ人は、

名声とか権力とか金を欲しがり、
若く見られたいと願い、年をとることを恐れ、
考えるよりしゃべり続け、家の中に閉じこもり、欲深く、きわめて残虐・・・・

イシはその愚かさを認識しながら、あわれむでなく、そういうあり方を受容します。

あまりに自分の育ってきた環境と異なる文化に接すると、簡単にけなす、はねつける、はよくあることですが、
未知なる生活習慣をけなすでなく、排斥するでなく、自分の理にてらしあわせて考え、試してみて、
取捨選択していくイシ。周囲のアメリカ人はそんな彼の賢さに瞠目します。


言葉の習得が十分じゃないのに、寡黙な男なのに、
笑顔から、たたずまいから、生活の仕方から、働く姿勢から、
イシが部落で教育されてきた思想と哲学が、アメリカ人に伝わるのです。


インディアンに知恵などないと思っていたアメリカ人たちが、
イシという石器時代からやってきた男に対して尊敬の念を抱き、
魅了され、その時代の第一級の知性をもった教授陣が彼のともだちになりたがるのも、当然のなりゆき。


アメリカの文化文明に接して、「アメリカは何もかもすばらしい」と驚嘆のおもいで受け止め、
すべてを吸収していった戦後の日本人とは、かなり違います。

自分と自分の文化に、ゆるぎない尊敬がある

これがあるかないかがどれだけ大きいことか。
改めてアメリカ人の戦後の「教育」政策がいかに的を得ていたか思い知らされます。

ひょっとしたら、アメリカは、日本を内側から崩す方法を、
精神性においてかなり共通項のあるインディアンの文化人類的研究にヒントを得たかもしれない。
と、この本を読んで思いました。

日本人と野生インディアンの類似性は、本のなかでも言及されています。

言語の共通性。
鎖国して文化を守る。
自分たちの文化への誇り。

こうした人間たちの強さのもとにあるもの。
ひとつは、インディアンも、日本も、
三世代で暮らしており、文化の継承は親から子へ継承されていること。
教育の中心は学校より家だったのです。

勤勉で誇り高い集団を内側から崩すには、家制度を壊せばいいと誰かが気づいたんでしょう。
核家族化させれば簡単!


大量殺戮に有効な武器を持たない点では
日本人も、インディアンと同じなのに
江戸末期の日本人はなぜ、同時代のアメリカ人に、壊滅されなかったのか。


インディアンを大量殺戮したのは主に、ゴールドコーストに金目当てで集った無知で粗暴な移住者でした。
彼らは文字が読めないことも珍しくなく、育ちは極貧。教育といえるものをほとんど受けていない。

一方、遠い島国である日本にやってきたのは、ペリーたち、知的に教育されたエリート。
教育を受けたアメリカ人には、当時の日本人のすごさがちゃんとわかった。

この違いは、大きいかもしれません。

当時の識字率の高さに日本にきた外国人は、どこの国のヒトも驚いたといいます。
かなりの率で、ほぼ全国民が文字を読み、数千年の蓄積を伝達、伝承、教育できる国。
そんな国は日本以外になかった。

千年前に書かれた知恵を読みこなす恐ろしい国民を腑抜けにするために、
戦後、アメリカは、旧かなづかいを、新かなづかいに改めさせた。
ということでしょう。

インディアンは文字をもたなかった。

カリフォルニアで同じ郡といえる近い場所に暮らしながら、
ときにはドイツ語とスウェーデン語くらい集団ごとで、言葉が違ったらしい。
文字が必要とされなかったのは、別の能力を育てていたからかもしれません。


インディアンと日本人は、とても似ている。
注意深く意図された、アメリカによる教育によって、大きく性質が変貌してしまったところまで。


イシは文明に参入したおかげで、文明病である肺結核にかかり、亡くなりました。
最後にのこした言葉が記録されています。



「あなたは居なさい。ぼくは行く」





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