研修とか見学とか

最近ちょっとかわいそうな話をききました
よくある話だと片付ける人も多いと思いますが
あるお茶農家さんのはなし

そこでは無農薬の茶葉を加工してつくるお茶を30年前から作っていた
最初の10年は農薬使わない栽培の難しさもあって、アルバイトしながら生活して
お茶が世にでるようになったのは20年くらい前
私も20年前から知っていた。まさか生産者と知り合う未来があるとは予想もしなかったけど

近年、これまで彼らのところに研修という名目でお手伝いにきてた人たちが同じものを
売り始めた
致命的なのは彼らのお茶の百%にちかい部分を売っていた会社までが独自に同じものをつくって売り始めた

会社に対しては細かなことまで質問されるままに答えて、ぜんぶの蓄積を公開したそう

きかれたことに対して、それはお答えできません

といえない関係ってありますもんね
もう何十年もお世話になっているとなおさら
そういう関係じゃなくても、ケチるような感じは嫌いと思うがゆえに、答えてしまう気持ちもわかります

結果として彼らのお茶の売り上げはずんずん下がっていき
彼らの商品によく似ているけど、もって非なるものが価格とか買いやすさとかで売り上げを伸ばしている


これまでやまほどの見学者をうけいれ、オープンにしてきたけれど、もうそういうことはやめようかなと、思い始めているというお話

私もいろんな加工品をつくってみたり売ってみたり売り続けていたり、していますが
同じものを作るという未来を想定しながら、すでにその世界を確立されたかたに作り方を聞きにいくのは、卑怯じゃないかとなんとなくおもってますね

だからバイトとして工房にまぎれこみたいとか思うけど、できないししないんだなあ
じゃあマッサンがスコットランドにいって研修して、同じ製法でウイスキーつくるのは卑怯
かというと卑怯じゃないけど

だからというわけじゃないと思うのですが、いつも最初から自分でレシピをつくります
例外は母からならった黒麹ですが(春から販売します。冬期はつくってません)

習いにいきたい勉強させてもらいたいという気持ちはどの商品にもありますが、それはしないで自分で研究しまくるのみあのはどうしてなのかな。

たまに加工品の生産者にあうと質問が止まらくなります
質問で得られる答えはないんですねえ
教えてほしいことは、結局、まねのできないこと
わたしが自分でみつけるしかないものを、一生懸命他人にきいている愚

製法をどんなにまねしても、同じものはできないから。っておもってるんでしょうね

30年の蓄積はだれにも追いつけないないから
ちょっとお客さん減ってもまた帰ってきますよ

と言ってあげたいけどどうなのか。
お茶は誰がつくるか、どこで作るかでぜんぜん味が違う
私は彼らから去っていったお客さんはきっと戻ってくると思うんですけどね
でも本物をわかるかどうかって今の時代、難しいのかもとも思う
偽物って言い切るのも無礼ですけど。飲んでもいないですから

料理人は手の内をアシスタントやスタッフに全公開して、スタッフがそのノウハウを自分のものにして一人立ちしていくのを許しているわけです
それは料理がノウハウだけではつくれず、センスが大部分だということ
カメラマンだってデザイナーだって、将来のライバルに無料でノウハウを教えてあげている 


でもこの場合はそういうのと少し違うなあとおもいます


九州のはしっこで誰にも顧みられなかった大昔から迷いを重ね、自問自答をくりかえして、ひとりで自分をこえる努力をしてきたお茶やさん
ノウハウを教えたくらいで誰かが同じものを作れるとはとても思えませんからだいじょうぶですよ
といってあげたいけどいえないのは
よのなか、けっこう、本質がだいじな人はすくなくて
すでに確立されたブランド力にのっかるひとが多数派ってしってるからかな


ところで加工品の開発をいつもいつも考えているわたくしが
今販売しようかどうしようか迷いまくっているのが
桃のびんづめであります

6月と8月につくってもう8か月倉庫に眠らせていました
食べてみると。。。。おいしいかどうかよくわからない

お客様にちょっとお送りしました
こんなの作って、とリクエストされた方にですね

結論からいうと悪くないようです
ほめてもいただきました
まだ研究の余地はおおいにあり、こういう段階のものを売り物にするのはいかがなものか
という心の声がじゃまして、すでに写真もとって、いつでもサイトアップできるのに、いつまでもアップしない


これが百%、ぜったいの自信作だあ
と思って発したものはひとつもない
私のじこにんしきのくせは「まだまだ」「だめだめ」といいつづけるもの

桃の力があるから加工して何か月もたっているのにこんなに強い

とお客様にいっていただきまして
わたしがつくってるんじゃなくて桃がつくってるんだから
わたしのせいじゃないんだから
いっか~~~

という気分にも
なったりする

これまで
桃の力にのっかってジャムをつくり、びんづめをつくり
いちごの力にのっかってジャムをつくり
野菜と発酵の力にのっかって黒麹やキムチをつくり・・・・・


自然まかせ
つくってるのは自然であって私じゃないということいつも忘れますね


お茶だってそうですよ



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学校に行かないという選択

都会から近所に引っ越してきた(移住したともいう)人たちの中で、子供のいる人たちが心配しているのが子供の学校問題。
先のことは考えないようにしている派が多いですが、

小学校がぎりぎり。中学はこのへんではいれたくない

という人もいる。

じゃあ引っ越す?
そうですね
どこにいっても問題は何かあるかもしれないよ
ですよね。でも、中学の全員部活に入るって制度、あれはないでしょう
ないよね

私がもし父兄だったら絶対に受け入れられないと思うのは、中学生が全員部活に入る制度。
生徒数が少ない学校も多く、部活の数が5つ前後しかないこともあるそうな。
興味があればよいけれど、興味のあるものが選択肢にない場合も全員入部が義務。
部活はどれも土日含め、週7日参加が義務。

こわすぎです。
毎日毎日、興味のないことに時間使って何が養われるのか。黙って体制に従うドレイ魂は確かに養成されるでしょうけど、それが何の役にたつ?

私が中学生だったら学校をやめるなあ。親だったら、学校やめてもいいよ、っていうな~。

興味もなく好きでもないことに、時間を使うよりも、したいことをみつける、したいことに集中して取り組むほうがいいにきまってる。暇な時間に非行に走るならそれはそれで勉強になる。したいこととしたくないことを自分で選択するのが、自由ということだもん。

そこで思い出すのはアメリカ人のAくん。8歳くらいで親が田舎暮らしを志向したため、アメリカのど田舎に移住した。
いやいやながら田舎についてきた男の子。

両親ともワールドトレーディングセンターの金融系企業で働いていたのですが
911で衝撃を受け、人生これでいいのかと悩んだ挙句、田舎&農家暮らしを選択したのでした

田舎にきた親がびっくりしたのは自分たち以外の地域住民全員ブッシュ(大統領)崇拝で、
本といえば聖書が最高、と小学生でさえ信じている地域社会。
あの時期にNYにいたのでよくわかりますが、NYから移住した彼らにとってそれはもう地球の表と裏くらい世界が違うと感じるくらいのギャップだったと思います。

三人いる子供のうち一人はそういう地域でも学校になじんでいたのでそのまま小学校に通わせましたが、
あとの二人は個性的な興味の対象が学校でもひんしゅくをかっていたので、学校をやめさせ、お母さんが彼らのセンセイになることに。

北米やヨーロッパの一部では、学校にいかない選択をする子供や親がけっこういるそう。
自宅をわが子の教室にした親のための本や情報も充実しているらしいです。

結論からいうと長男のAくんは学校をやめたその日から好きな本をよみあさり
14歳からナノテクノロジーの最先端で世界的な教授陣も「すごい」としかいえない研究をしはじめ
18歳のときには5つの特許をとって12億円を超える売り上げの会社を、ハーバードに通いながら興したそうです

田舎暮らしがAくんに教えたことは、「むり」とか「できない」とかいっていたら何もできないということ。
あきらめないでとことん問題にかぶりつくしか、田舎では生きられない、ということを8歳からしっかと身につけたことがAくんのもともとの天性の頭のよさをここまで開花させたみたいです

もちろん読みたい本を全部買ってあげられる資本のある、子供の教育に十分な時間を使える親がいることのアドバンテージは相当大きいですが。
Aくんの出典は「理系の子」(文芸春秋)

園主みてても、無理なこと、それはあきらめるしかないよね、ということを、じみちーーんな努力というかコツコツさでクリアしていくのを何度も見ました。私と違って彼は6歳のときから家が山(文字どおりの意味らしいです)で、親が養鶏で忙しかったので、あらゆる問題は自分で解決するという人生を文句もいわず当たり前のようにやってきた。自分で解決する、それ以外の選択があるとは想像もできないみたい。

私はというとその正反対。すぐに「それむり」「だれか~~~」「へるぷ~~~~」と声をあげます
あきらめるの上手です。一人じゃなんにもできません。依存心のかたまりです。

好きなことがない、とかしたいことがない、という人に何人も会ったことがありますが、そういう人は総じて言われたことを素直にやるという才能がありますね。
ある人は中学時代のバスケット部で「腹筋しろ」とセンパイから命じられ、「腹筋やめなさい」といわれなかったから、という理由で何百回か忘れたけどずっとやってたそう。
で、彼女がその人生で何度も口にするのは「したいことなんかない」というせりふ
その人とは50年近く付き合っているので、何度聞いたか数え切れない(じつはいもーと)
私と正反対で事務職の天使。ものすごく細かいことをきっちり間違いなくやりおおすのが上手。
大企業の末端にいると最高に輝く(私の対極)。都会のビルジングのデスクに座って責務をパーフェクトに全うする(私の対極)。


こういう人は強制部活の制度があったよかった、という生徒のひとりになるのかもしれない
好きでもない卓球を週7日やらせていたおかげで・・・という結果があるのかもしれない

ほとんどの人は、大企業の巨大ツリーのどこかに属しているのが2015年の日本だし
ということは、全員部活制度は正しいのか?




おいしいのは品種のおかげ

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いちごです
いつも送っているものではない品種が入っているのわかりますか?

毎日収穫されていますが
この異品種は、一粒たりとも発送していません

シーズン初期はそこそこだったので、少しくらい混ぜてもいいんじゃないの~と思ってましたが
むりむりむり。
ひのしずくがおいしさを発揮しだしたら、差が歴然。
おいしくないんだもん
ひのしずくと混載したらまずいのが目だってしまう

ひのしずくの栽培があまりに困難を極めているので、なにかもう少し病気に強いものはないだろうか
いろいろと探しまして、某県が開発した品種を植えてみたのです。
県外の農家が栽培するには、申請が必要です。許可を得るのに県に6万円支払いました。

おいしいっていったじゃないの~と某県に文句言いたくなります
これでおいしいっていうんですかあ、と。

品種による味の違いは、桃もぶどうもみかんも何でも大きいですが、いちごも大きい
いちごの品種は日本だけでなんびゃくもあるのです
たいていは病気に強くて食味良好 と説明されています
ジューシーだとかもありますかね
まあイチゴを説明するボキャブラリーは限界がすぐにくるので、どれも同じことが書いてあるだけともいえますが、そのなかでネットを駆使して調べまくって、土地の適性と病気への強さと味のよさのバランスポイントをはかってきめたのが、これでした。
けっきょく食味のよさと病気に強いことは両立しない、というのが結論なんでしょうかね

「おいしくって丈夫」というキーワードは、たいていのいちごに書いてありますが、おいしいのレベルに差があるのですね。

ひのしずくのおいしさに慣れていると、私たちはその某県の品種が台所にあっても食べる気になれず
しょうがないから食べよう、というかんじです
うちのC級キズモノひのしずくよりも、大きくきれいでリッパなのですが、味の悪さが申し訳ないのでご近所に差し上げるのも遠慮してしまいます それどころか、しゅうとめたちに差し入れるのも遠慮してしまう つまりジャムにしているんでしょう? と思いきや粒が極大すぎるのでジャムにもできません ううう

「どうしておたくのいちごはうまいのか」と農家からも真顔で聞かれることがありますが、答えはいつも
「品種のおかげです」
なんと謙虚な、と思っている人もいたかもしれませんが、おいしい理由の一番目は品種です。

おいしい品種を選ぶことが最初にあって、
二番目は農薬を最小にすること(農薬が味を悪くすることも多いです)、
そしてむだに肥料を与えず(肥料が味を悪くすることも多いです)、
時間をかけてゆっくり育てること(促成が味を悪くすることも多いです)

どれもがあたりまえのように聞こえます。でもとても難易度の高いことなんです。
ひのしずくを作ることも、農薬をここまで抑えることも、肥料与えないことも、時間をかけて育てることも、完熟させて収穫することも、全部リスキー。

収益に見放されているわたしたち、できればひのしずくはやめて、もっと楽な品種に変えたいのですが

いちご界は量産とおいしさを両立できないという苦境にあります。

ときどきウルトラC級キズいちごを差し上げているご近所の方がいいました

うちの孫はウチヌノさんののいちご以外は、投げて遊ぶだけで食べやせん

うちのだけむさぼるように食べてしまうのだそうです

子供ってすごいね、おいしいのがわかるとやね

そんなふうに言われても、やっぱり同じことをいう

品種のおかげです



竹パウダーとひなまつり

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新しいことはじめました

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何かまいてます。桃に。

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竹パウダーです。
桃の木に不安がある今年なので、何かまた新しいことを、と考えました。
浮上したのは竹を粉砕して粉にしたもの。
多良木の松下さんから購入。

竹パウダーには乳酸菌が豊富に含まれています。それをそのまままいてます。どんな効果があるのかないのか、成果は数ヵ月後までわかりません。500キロを35アールにまくので、まあぱらぱら。。。というかんじです。

三日ほど前に粉砕してもらったのですが、すでに醗酵が始まっているいい匂い。
何かの匂いに似ていると思ったら、

ドリアン

南国のフルーツのあれです。同意は得られませんでした。


竹パウダーを積んだ軽トラックで行ったのはここ

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一般家庭のおひなさまが公開されています

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いろんなコレクションが楽しくて、二人で何度も歓声をあげてしまいました

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アポなしの知らない他人がおうちを入ってくるのを多いときは700人も受け入れる懐の深いおうち
すごいですね
おいしいものいろいろご馳走になって、おみやげまでいただいて帰りました

ありがとうございました☆

ぶどうのおうち完成

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この写真は桃園。ぶどう園の写真はイマイチでした


去年までやってなかったことをやってます
ブドウはこれまで屋根をはって雨をさけるだけだったのに、今年はブドウ園のぐるりをビニルでおおいました。
寒さを少しだけ緩和することで、収穫期をちょっぴり早めることができるかな、と思っての新しい試みです。

これまでうちのぶどう発送は8月の末から。9月の半ばから味がのってくるかんじでしたが、
全体的に成育を二週間くらい早められるかも。可能性だけで、まだ確実ではないです。

燃料をばんばん焚いて加温につとめれば、8月には収穫まっただなか、というのも可能性もでてきますが
いまのところ予定していません。

去年は8月の川中島白桃が台風にぶんぶん揺さぶられて、収穫直前にして、かなりの数がダメになってしまいました。

収穫はできるんだけど、お送りするにはキズつきすぎていた、ということ。
大量すぎるキズ桃がでてしまいました。

キズでもお送りできる場合もあるけれど、このあいだのそれはそういうこともできないくらいの・・・
原因は切り上げ剪定で枝が高くのびているところに強風がやってきて、あちこち激しくぶつかりあって・・・

川中島を襲った時期に同じような大きさの台風がまた今年もやってくれば、ぶどうも台風に直面しますが
ぶどうは低い棚に、比較的がっつりとつながれているので、大きな被害になりにくいと園主がいいます。

「仮に木が折れるクラスの台風がきても、ブドウは桃と違って復旧しやすい。桃はそういうわけにはいかんから」

自然の猛威に適応できる作物
それは、県や地域ではなく畑はたけで違うのですね

いちご、まだまだスローです
特に自然派のいちごが遅いです
12月ご注文の方でお送りできてない方がまだ大勢、いらっしゃいます。
申し訳ないですが、もうちょっとお待ちください

ブドウも桃も柿も!

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ピーチハウスです。屋根をつけて春先の寒さから桃の花を守り、夏場は雨から果実を守ります


春の足音がたからかに音高く近づいてきます
ああきたな、きたね
と嬉しいようなじんわりと不幸なような
あと一ヶ月もしないで桃の花が咲き始める
花が散れば桃の収穫が二ヶ月後にせまる。

今年は数年ぶりに二人で桃シーズンを待ち受けます。
大丈夫なんですかね
たぶんそれ無理ですから
どなたかお手伝いしてください。5月から8月まで無理ですって。ふたりでは~

例年だいたい2月20日前後に終えるのが、果樹園のトンネルハウスのビニール張り
去年まで3人でやっていたけど
今年から園主がひとりでやりました
世間を見渡すと、だいたいこういうのは、大人数でやることが多いようです
なにも一人でしなくても私だって、呼んでくれたら手伝うよ
と、いってもいっても「いい」というのでした
ついに一人でやりとおしてしまいました。園主さんったら。
カレのこの「一人力」はたいしたものです

桃のビニールかけって、けっこうたいへんな作業なのです
場所によっては2m近い高さのある鉄のパイプを組んだ4m近い幅の屋根に
50メートルほどのながーーーーいビニルを広げる。ひもで留める。
これを一人でやるって無理なんじゃないか、と私には思えるのですが
カレは、そういう限界と見える場面でも、創意と工夫で突破するのが得意なのです

なんといっても2階建てのミサワハウスみたいな普通の家をひとりで造った人ですからね
吹き抜けの高い天井まで続く壁にしっくいみたいな土材(?)をひとりでぬるのも
大きな梁を宙に渡すのも、一人作業
ありえん
ありえんとうなずいているのは何もしないわたし

一人力が高すぎるとコドクになっちゃうよ といったところで響かない。
カレの場合、ひとりでいる時間が不足すると、不機嫌になります
コドクはのぞむところなのです。

ひとりが好きなのは園主のおとーさんも同じで
団体旅行は「腰がいとうてな・・・」と老人ぽく、しおらしく、うつむいてパスするけど(演技しすぎだ)、
しばしばひとり旅はしていて
大相撲の大ファンだから、午後イチから見るために新幹線に朝からのってる。大阪経由で。
なんで大阪を経由するか?
たんに大阪いきたかったからですと。

話が大幅にずれました
もともとどこにも着地する予定のないお話でしたが

そういうわけで
春がきて、ぶどうも桃も柿も準備万端です
と勝手なことをいっております


最高の出来

今日じゅんこさんとキムチを仕込んでおりました

「前回のキムチはこれまででいちばんよくできたね」と、じゅんこさんから衝撃発言。

「え、そうだったの?」と驚いて聞き返しました

「白菜の水気をもうすこし抜いといたほうがよかったなあと思ってたんだよね」
私が言うと、

「うん、仕込みの直後はそう思った。けど、今食べているとおいしい、わたし、これが今まで私はいちばんおいしい。たれがこないだのは重かったから、結果的にちょうどよい塩梅になったみたい」

じゅんこさんがおいしいというのと私がおいしいと思うのは、普段あまりずれないのですが、これにはふむう・・・ 

「これまでのベストってわけじゃないと思うな」

一人でつくるより二人でつくるのがいいのはこういうことですね
ひとつの頭でやるよりふたつの頭
意見が固まらないでいられる
なんとなく私、前回の白菜の処理に思いを残してました
だから昨日の仕込み用意段階は、いつもより周到にチェックをしつづけ、就寝は午前2時。朝の6時にはおきて、また白菜チェックするというねちっこさ。ずぼらなくせに、カンペキ主義な神経質。
じゅんこさん、あきれかえる。
こんなことをしていると、仕事じたいが継続不能になってしまうのでもうしません。

キムチって旬の野菜を多種使います、それらがその時々で水気の含み具合を同じにしてくれないことが、けっこうこまりもん。水気を同じように抜くとか、同じようなしんなり具合とか、「同じように」は重要じゃないけど、それぞれがどういうふうに、今日の塩に反応するか、それを気にしても気にしても、予想を現実に一致させるなんて無理。

先日お客様から「キムチは毎回同じにつくるのは、むずかしいですから、あまりその方面に神経質にならないように」
というような内容のメールをいただき、うわ、バレバレだあとうれしくなりました。
メールレターでちょっとキムチに神経質な片鱗をチラだししたら、すかさずひろっていただきました

最高のキムチをつくりたいなんてめっそうもありませんので、思ったこともありません
でも、ちょっとでも、いい出来にしたい、と毎回毎回思っているので、作るたんびに心は初心者です
私は昔から「しあわせになるハードルが低い」と周囲から言われていて
簡単にしあわせになってしまうといわれるんですが、昨夜深夜まで、真剣にも真剣に白菜に塩しながら、なぜか仕事とはおもってない、楽しんでいる自分がいました。

できない! とかできた!とかそのはざまで、チャレンジするのがかなり好きです
これを変態といわれたこともありますが

うちの園主に「過去に最高に不幸だったのはどんなとき?」と出会ったばかりのときにききましたら
「おれ不幸になったことがない」というのが答えでした
そんな人いる? と思いましたが、彼を知る年月を重ねますと、そのとおりだとわかってきました。仮に、「最高に幸せだったのはいつ?」と聞いたとしても、「そんなの経験ない」というに違いない。

何かが鋳型として答えとしてあるのなら、それにたどりつけることを目標にするのでしょうが、私たちふたりとも

「こういうのは●●じゃない」
「●●だったらこうしなくては」
という考え方ができないし、その手の努力ができない。したことがない

そもそも●●ってみんなが思ってるとおりなの? と思う人たち
それを知りたく、好奇心にぴっぱられて夢中になるのがパターン。仕事よりどこか子供の遊びに似るのはなるほどそういう理由ですか。


当然ですが「農家のツマだったらこうしなくては」も「ツマたるものこうしなければ」などなど、そんなのもなし。なしというより無視。しゅうとめはこの手の動物になれるまでたいへんだったでしょう



白菜とキムチ

あいかわらずキムチってます

白菜がすごく分厚くなってきました

今日も塩漬けしながら、わーーーって何度声をあげたでしょう
ぶあっつい! という感嘆の声です

加えて、
何匹も、ちびちゃんの芋虫みたいのを発見

こっちには声をあげません
白菜たべてぬくぬくと大きくなりそのうち青くなって、いつか蝶になったかもしれないけど
ざんねんでしたね
ウチヌノさんちで殺生されてしまいました

昔、といっても6年前ですが
千葉県柏市にある千葉大の園芸学部にて、仕事でキャベツ畑にお邪魔する機会があり
目の前で包丁いれて、すぱっと収穫してもらったのですが

切り口からしたたりおちる水滴に心底、驚愕したのを覚えています

野菜は水でできてるんだ
とうまれてはじめて思いました

と、

そんなあかちゃんみたいな感想文をはねかえすリアルワールドの住民になって6年目のわたしでも

内山さんから白菜用にいただく白菜の、包丁いれて、しばらくたってもまだ水が出てくる
いくらでも出てくる

そういう種類のみずみずしさ
ありがたいですよ

それを天日にほして
塩して
一晩おもしをしておくわけですが

ここまで水水しく分厚く、虫が(ちょっとだけたくさん)居住するほど養分をたくわえた白菜を

どうやってキムチにするか

まあ、勉強のしどころでございます
うーーんこの分厚さ未経験。わからん。と嘆きながら迷いながら考えもなく手を動かす自分がいる。ふしぎ。

白菜をリードボーカルとすると
にんじんと大根がサイドボーカルなんですが
どちらも絶好調です
とくに大根
包丁をいれると水が飛ぶ
畑の水分を吸い上げ吸収しきっていまやはちきれんばかりって時期をむかえてます
ニンジンも切りながらいい匂いがするのでもわっとシアワセ
大量の野菜きざみという過酷な労働がセラピータイムですわ


畑にも野菜、園芸、農作業、すべてイチベツもしないで、何十年もいきてきましたが
1年のうち2月から3月の森羅万象の変化はすごいものがあります
毎年驚きます
旺盛で圧倒的でなだれのよう
それをこまやかに受け止めていると、暮らしはどんどん忙しくなり
寝る時間がどんどん遅くなります

いま畑は桃が佳境

あーーー急いで急いで
おっとはソファで寝てるし


経済効率とADHD

きょうも忙しかった~~~~
4時半に役場で来年行われる祭の打ち合わせだったのですが
4時25分まで発送業務におわれ、私は遅刻(年に一回もない珍しさで)

最近のいそがしさは、ちょっとよろしくない種類ですね

東京時代は、忙しいのは同じだけど、せいぜい1時間とか1時間半きざみのスケジューリング
(電車での移動時間があるので、無理に詰め込めない)

ひるがえって、球磨でのスケジューリングは、移動時間がきわめて少ないゆえに

分刻み

いつもいつも、ぎりぎり
または、圧倒的に間に合わず、明日に持ち越し
よって永久に予定を満たさない

そうはいっても
熊本の農家のほうがストレスがないでしょう?

なんて質問はしちゃだめです

なんせライター時代のわたしは、好きなことしかしてないから
打ち合わせも取材も撮影も原稿書きも入稿も
みんなイキイキるんるんわくわくやれてしまう
好きなクリエイターやせんせーやクライアントや広告主とクオリティの高みを求めて
意欲とエネルギーハイテンション。徹夜だってなんのその

(私波動のあわない人との仕事は病気(仮病?)を理由にことわってました )

で。
そして現在、熊本の農家では
おかねの計算?入金振込みお願いします電話?受注発注のじむ?
発送準備のこまかい手作業? 栽培に苦悩する生産者(夫)のぷろでうす?

みんなわたくしのあうとおぶ範疇

そういうことできないし、したくない 


といえばおっとは承認ですが、じつのとこ、おっとにもする時間がない

昔の友人に「わたしにできない仕事がやまほどある」とうったえたら

「やらなきゃいいでしょう。あなたはあなたのできることをしたほうが、経済性が高いのはあたりまえです
あなたを雇うのにいくらかかるか考えれば、あなたにできないことをさせるのはばかげています」
と明言されたけど、それが難しいのがじんせいなんだよ
計算ですむなら電卓はいらねえ(は?)


私がしないで、おっとにぜんぶ、まかせた時期がちょっとだけありましたが


きみがやって間違いがおこったっていい
そのフォローに時間とエネルギーかけるほうが、全部俺がやるよりまだまし・・・・・


という結論にあいなりました


なんでまだえみこさんが事務してんのよ
と憤っている(あるいは不思議に思っている)お客様、お答えします

うちの経済効率は
だめだめなわたしがやるほうが
まだましなのです


といいましても
お客様のご理解とご協力で
少しずつよくなってますのでご安心を

(なんにじゃ?)


ですので、よそのサイトはお客様のご都合を最大限にくむこともあるかもしれませんが
わがサイトは、農園の従事者・ふたりのご都合しかくめないという事態

それでいかせていただきたくお願いいたします


道の駅とぶたじる

■「ちびちゃんいちご」は在庫切れにつき受付を終了しました。受付再開の際は、メールレターでご連絡しますので、通知をご希望の方はメールレター配信をご登録ください

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どでかい鍋は手作りハムやさんから貸していただいたそう。柱の陰にいるのがわたし


今日は近所の道の駅「くらんど」の年に一度の感謝祭

おそうじ当番にあたっていた私は、無料奉仕の豚汁組に参加してきました
何十リットルもの豚汁は別の部隊が膨大な野菜を切り刻み煮込みを始めており
私はサーブを担当しただけ

無料奉仕です。鍋の中身がなくなったら即解散。
解散時間は、集客できまる。
「朝の8時から夕方5時までおったこともあった」
と部隊のご婦人

なんてこったい、そんな暇はなかですよ

よりにもよって今日は、
人吉でサイコーに盛り上がる「人吉春風マラソン」と
マラソン好きの熊本人の血が騒ぐ「熊本城マラソン」の開催日

これは強気なのか、ショウバイっけがないのかわかりません


案の定お客がこない
「若い人がまったくいない、家族づれがこない」
某婦人は1時間に4回そのせりふを繰り返す
「なんでこんな日にするか、みんなアッチにいくのわかっとるのに」
「そうだそうだ」

すまほもタブレットも持たない私はこういうとき機動力がない
地元友人の中でも発信リョクのある人たちを選んで

田山さんの無農薬にんじん 袋つめほうだい150円、
農家の新鮮野菜でつくる豚汁たべほうだい無料
本日、くらんどは感謝祭


SNSで拡散して~とお頼みしました

その効果といいきるのは、あまりに不遜でしょうが
やっと昼近くなって子どもをつれておしゃれな方々が続々とやってきて

「何で急に豚汁なくなったんだろう」

某婦人が鍋底のニンジンをかきあつめながら、不思議そうにつぶやいてます

お客さんが増えたんですよ
宣伝してもらったんですよ

とはいいませんでした

錦町の道の駅「くらんど」には、全国レベルのおいしいものが集まっているのに
ウエブサイトもないし、SNSもやらない

全国のおいしい卵を食べ比べましたがオタクのがいちばんおいしかった
と遠方の方から定期購入を頼まれたのに

くらんどで売るもんがなくなる

という理由で速攻おことわりした内布藤吉の滋養卵は、くらんどでのみ特価で販売してます

そのほかにも「無農薬」とか一言もいわない、だけど「ほんもの」
を食べたいから自分の畑に無駄な薬はいれません
という人の野菜や米や加工品がいっぱい

今日のつめ放題150円のにんじんは、
かなーーりおいしいんですよ
無農薬のバリューは遠くでショウバイして、ご近所さんにはキズモノをただ同然で

これこそオーガニック農家がいっぱいいる球磨にある道の駅のおいしいとこだけど
誰も何も発信しない
もったいないことでございます

熊本南部の球磨地方にオーガニック農家が多い理由は
明確にございますのでのちのちアップいたします