映画『ミスター・ノーバディ』

SF映画です。

アマゾンのプレミア会員というのになると無料で映画が見れるという
映像文化を破壊するのか的サービスに加入してまして、ときどき無料の映画を見るんですが、
とんでもない大当たり映画に出会ってしまいました。

映画に関するほとんど情報をいれず、つまんなかったら途中でやめればいい、と思って見始めました。

「これはアメリカ映画じゃないね。イギリス?」と、始まってまもなく私がいうと
「アメリカにきまってる」とおっとが断言。

両方まちがい。
ベルギー人の監督で、フランス、ドイツ、ベルギー、カナダ映画でした。
最近公開された映画「メッセージ」にタマシイを打ち抜かれた人には、
この映画も打ち抜かれます。

私は打ちぬかれただけですまず、コッパ微塵に粉砕されたようなショックを受けました。
夜12時近くに見終わったのもまずかった。
興奮した頭は、なかなか寝付いてくれず、もやもやと映画のイメージが消えてくれないのでした

「メッセージ」と共通しているのですが、テーマのひとつは時間。
そこに「わたしは誰か」という非二元的といかけがかぶさり、
頭で内容をとらえようとすると、複雑なのですが、
美術がすばらしく、ビジュアルが理解を助けてくれる

でも、いっしょに見てたおっとは、早い時間に「いみがわからーーん」

映画がすすむにつれて、一瞬でも見逃したくない状態がずんずん深まっていくのです。
137分、最後までかぶりつきでした。
緊密に練り上げられた脚本がちみつに層を重ねていくディテールをチラ見せしながら、映画が進んでいく
まあ、みごと。おもしろすぎる。
見届けたい、どう終わるのか知りたい、という欲のかたまりにさせてこそ映画。



あのときもし、こうしていたら、その先はどうなったか
あのとき、こうしていなかったら、自分だけではなく、その他無限に無数の誰かの人生も
バタフライ現象的に変えていったかもしれない。
同じく自分の選択だと思っていることも、自分のほかの誰かの選択の影響を
バタフライ現象的に受けていたことを私は自覚してないだけかもしれない。


ついつい自分の過去もその視点でふりかえります。

「あのとき、。。。。。をしなかったら。。。。。。になっていたかも」

って無数にあります。

「もしあのときアレをしていなかったら」シリーズで、今いちばん自分に感謝するのは、

2009年の9月に恵比寿の友人宅にごはんを食べにいったことですね。
もし、行ってなかったら
「えみちゃんは、『西の魔女が死んだ』って映画のおばあさんに似てるんだよね」
という友人の言葉を耳に入れることがなかったでしょう。
それを聞かなければ、西の魔女・・・って映画を見なかった。
映画を見なければ、田舎に住むことを本気で考えよう、行動しよう
なんて思いつくことができなかった。
思いつくことができなければ、
夫をネットで探すなんて思うこともなかったし、
その1ヵ月後にオットを発見、1ヵ月後に会いにいき、その2ヵ月後に婚姻なんてあるわけなくて
今ここにこうして農園ブログを書いているわたしは存在してなくて、
たぶんまだ、都内のどこかで、「今日の打ち合わせには何を着ていこうか」と頭のすみで思いながら
コンクリートの白い箱の中で目を覚ましているでしょう。


あのころ、ものすごく遠い夢として憧れていた
犬を散歩につれていく朝、というのを
今日もしてきました

あのころは夢想だにできなかったが、現実が夢を通り過ぎてます。
朝ごはんを夫がつくってくれています
私は、朝ごはんを一緒に食べる人がいるところまでしか夢想できませんでしたのに。

自分で育てた原木しいたけをたっぷりいれた、ゴボウや昆布や干ししいたけでだしをしみださせた
一晩サーモス(保温調理器)で煮込んだお味噌汁をつくるオット・・・って考えはなかったなあ


「ミスターノーバディ」は、日本では2011年公開だそうです
そのころは熊本にきたばかりで、映画などという文化に触れる生活はあきらめきってました。
今のように片道二時間以上かけてコストを一万円近くかけても映画は劇場で、などと思わない時期でした。

もったいない。劇場でこそ見るべき映画。小さい画面で見る映画ではなかった。
それでもこの映画に出会えたのは僥倖でした

この映画のおかげで・・・・・・というのがきっとあるのですが
それに気づくのはうんと先のことなんでしょう

2009年に公開された映画。この時期に世界は大きな変革期を迎えていたんだろうなあと
あらためて思ったりします。
2001年宇宙の旅、という映画もその時代にはすごかったんでしょうが
こっちのすごさは、レベルがちがう。
なんていってはいけませんが、このような映画が作られる時代になってるってことにも驚いたんだと思います




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映画「再会の街」と「マンチェスターバイザシー」



「再会の街」は、amazon の無料映画で。

いい映画でした。
日本語のタイトルがもうすこしよかったら、この映画の観客数も伸びただろうにと思わせます。

PTSDをテーマにした映画でした。
もともと家族に恵まれない男が、911で再び家族を失う。

それまで成功した歯科医であり、幸せに傲慢に生きてこれたのに、
すべてがかわってしまう。
すべてを変わらせないと、生きていけなかった。
そんな十年を過ごした男が、大学時代の友人と再会し、
少しずつ人生を取り戻していく、という映画なんです・・・・・

これ以上はネタバレに抵触しますので黙りますが

この映画の何がいいって役者がやはり上手なんです

心の内側が少しずつ、薄紙をはがすように変わっていくさまを、どうやって役者と演出で表現するかが
この映画のキモになると思いますが、
ほんとにまあ、上手です。

大学時代の親友役の黒人も、その家族や、出てくる人たちがみなさん上手で
表面的には豊かでなんの問題もないという人々の暮らしに潜む、
危うさを自然に表現していて、すばらしいです

映画「マンチェスターバイザシー」もある意味、共通点の多い映画でした。
主人公の失ったものが偶然にも同じ。
心の傷が深すぎて、救いようがないというところから、かすかに復活を兆しを見せるところまでのストーリー。
ひとりでは立ち直れない。
人間関係があるからできることがある

どちらの映画も、演じる人の上手さがあってこそ成り立つ映画。
日本で同じことをやっても「あの人が演じている」と、俳優の名前がつきまとう

ほんの少しだけ、ニューヨークで演劇学校にいきました。
ビギナーズクラスなのに、先生は有名なシリーズものに出ている現役の役者で、二人芝居を割り振られた相手方は
ブロードウエイで役がついたため途中でやめてった・・・・


アイカタが途中でやめてったタイミングで、その先生も何かの仕事がきまり先生を降板、
続いてやってきた役者さんは、私には何を言っているかわからない早口の男優で
英語学校の代わりにきていた私は、あっさりとやめました。

最初の先生が教えてくれたことでわすれがたいのが

「電話がなる、電話にきづく、受話器をとる、じゃない。数秒のシーンに、万の瞬間がある。
それをすべて感じ取りなさい。」

すごくわかる、と思いました。
これは演劇だけの話じゃないですね。
絵でも音楽でもそうだし
農業でも料理でもそう。
「これをして」と同じ言葉で伝えても、受け取り手によって、まったく違う結果になる



水曜締切の野菜セット、
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映画「ファウンダー」



今週末は、プリンターが壊れるのと
ネットの接続に欠かせない機器(名前わかりません)が壊れるのがほとんど同時に起こり、
とっても珍しい、仕事をまったくしない週末を過ごさせていただきました。
土日を定休日にしていても、名ばかりで、どうしても仕事してしまうのです。
印刷ができない、ネットができない、は手足をしばられたも同然。

友人たちと宮崎にいってきました。
楽しかった!
今日かきたいのは、その休みの最後にいった映画のはなし。

田舎にいると、映画を1本みるのに、時間とエネルギーをとてもたくさん必要とするので
街にいったついでで、映画みて帰りたい。
選んだ映画は「ファウンダー」

以下書くことは、ネタバレもあるかもですけど、
それくらいで、この映画をみる価値は減らないと思います。

ハンバーガーの「マクドナルド」を今に続くファーストフードの世界的チェーン店にした男の話。
マクドナルドの創業者は、田舎の、実直な、小さなレストランチェーンのオーナーだった。
その味よりも、システムに着目した主人公が、オーナーからマクドナルドを奪うまでの話です。

ということは、前情報として知っていました。
話はここからです。

見おわってつくづく、後味の悪い映画だなあと、
終わったあと、しばらくはいつも夫婦でしてしまう映画の話をする気にもなれませんでした。


資本をもつものは、どんな汚い手をつかっても、正義になってしまうんだぞ
ということを教育されてしまうような映画なんですよねえ。

実際に、この主人公は自分の成功譚を喜んで講演会などで話したようですが、
彼の躍進を目の当たりにしていた1950年代、60年代のアメリカ人は、

こうじゃなくちゃ、成功はできないよ

と感化される人も多かったんだろうと思いました。

全米をまたにかけて躍進を続け、アドレナリンを撒き散らしながら帝国を巨大化させていく主人公が
田舎で幸せにショウバイしていた創業者の宝物のようなビジネスを根こそぎ奪うさまは、
まさに今の、グローバリゼーションが世界中の「小さくてもしあわせな商売」をつぶしていくのと同じに見えました。

主人公は、ビジネスの才覚があるわけでも、スキルがあるわけでも、人脈があるわけでもない。
頭がいいわけでもない。ピアノが上手で、話術はできるほうではあるが、常人レベル。

ただ、機を見るに敏というか、
ぴんと来たときの動きに躊躇がない。

失敗を恐れない。

そして目標がシンプル。
成長志向が明確。
そこそこ成功したら、このへんでいい、と多くの人が思うだろうところを、
さらなる高みを目指して、走るのをやめない。


こういう人は20年前だったら、もっとまっすぐに、成功者の列伝として描かれたかもしれないけれど
この映画で、主人公は、礼賛されてるわけでもなく、非難の目線があるわけでもない。

見るひとに、見方がゆだねられる映画。


マクドナルドの創業者は、弱くてかわいそうな被害者か、といえば、そうも言い切れない。

世間にいちばんいっぱいいる、一般人を代表しているような存在なのですねえ。

だまされて、詐欺にあって、被害者には違いないけど、そこには落ち度がちゃんとある。
冨よりも大事なものを守りきれなかったのは、冨に目がくらんだからかな。
大事な場面だとわかっていたのに、慎重さを欠いてしまった。
誰でもしてしまいかねないところかもだけど・・・。


結局だれもかれも、お金に踊らされているのですが、それが悪いこととも、映画は語っていません。


セールスマンとして、成功を夢見る主人公が
毎日聞いている本の朗読レコードは、「the power of positive thinking」
ノーマン・ヴィンセント・ピールの「積極的考え方の力」というタイトルで邦訳もされています。
カーネギーやナポレオン昼とならぶ、自己啓発本の大家だそうです。


あなたはあなたが考えている人になるのです

と、日々啓発本の朗読を聞きながら自分を鼓舞してきた主人公は、
夢を実現して、はたして幸せになったといえるのか。。。。
そんな余韻も感じさせるエンディングです。

この映画をみて、自分は登場する人物の誰に似ているかなあと
考えるのも楽しいかもしれないです。


お金を追いかけるのが楽しい人もいれば、
お金は副産物で、仕事というゲームが楽しい人もいる。
自分は陰にいてお金を稼ぐオットを応援することが好きな人も。

お金に対するスタンスを改めて考える機会をくれる映画ともいえます。

自分はこれだ、と思っていても、実はそうじゃない、ということもありそうな。




水曜締切の野菜セットは今週金曜お届け。8月11日の野菜セットはお休みさせていただきます。
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映画「メッセージ」にハマりました☆

ネタバレはぜんぜんありません。
エンドロールがおわり、振り返ったら館内には、私たち以外にひとりしかお客さんがいなかった。

話題性は高いが客がいない、ということは田舎の映画館にはよくあることですが、
ここまで入ってないと打ち切りも近いかも。

メッセージ

という映画を観てきました。

あまりに映画に入り込んでしまっている自分を危惧して

「これは映画で、あのひとは演技してるんだから」

と言い聞かせないといけないくらいドツボだったです。
主演女優が上手なこと上手なこと。
シンプルな演出が過不足なくて、冒頭から最後まで、息もつかせない、とはこのことでした。

時間は流れない
原因と結果の法則なんてうそっぱち

そういうことを考えているヒトだったら、めちゃはまります。
加えて、

言葉がすべてのはじまりにある

と考えるヒトだったらもっと。

これらをテーマに映画が作れる時代になってるんですよねえ。
この監督、「ブレードランナー2017」も作ってるんですって。楽しみすぎる。

仏教をはじめ、インドでも西洋でも日本でも古代も現代も哲学者が同じことを言い続けている
と最近気づいて読書熱がとまらないんですが
そういう時期の私にどんぴしゃりな映画でした。

arrival

という言葉が最後にでてきて終わるんですけど、この解釈も各人各様にありそうで
わくわくします

通信というと電波とかなんらかの物理的なものを使うのが、人類の現在地点だけど
そこには時制の枠組みがかならずつきまとうけど、それが外れたら・・・・?

ちょうど20年前に作られたジュディ・フォスターの「コンタクト」と似てる部分もあるけど
だんぜん「メッセージ」のほうが深いのは、
原作が科学者じゃないからかも。コンタクトの原作はカール・セーガン。

科学者より詩人が先に真理に到達する、という気がしています。
「メッセージ」はそういう意味で、いくらでも深読みのできる映画。



病気というのも、治るとか治らないとかはもう決まっている
それを知っていることと、知らないことの間で人は何ができるか。
生きるとは時空としての宇宙を旅すること。
普段考えているその感覚が映像で楽しめました。

この監督や原作者と、とくべつ趣味があうわー
というわけではなく、もう「そういう時代」なのだろうと思いました。


将棋や卓球みてると、じんるいの進化ってすごいスピード
って思いますが、
芸術的表現の進化スピードもすごい。
CG技術の話ではなくてですね。


そうそう。
音楽もいいんです。
北欧かと思ってぐぐったら、アイスランドのミュージシャンによるものでした。
機械を駆使してもアニミズムの匂いがするところがどこかビョークっぽい。



今週もまだ、桃の収穫は始まりそうではないですが、
桃とか、野菜とか、おこめ、卵、新茶、紅茶等のご注文は、

錦自然農園フルーツストア