「病院が役に立たないってことじゃん」

先日「ガンの患者学研究会」について書いたブログに
少なからぬ反響をいただきました。
研究会から冊子を送ってもらったとか、本を取り寄せたとか、図書館で借りたとか・・・・

冊子を取り寄せたと、ある友人が私に言いました。
ちょっと意外でした。読んでどう思ったのかな?
ガン患研の考えが、無料冊子で伝わるのなら、私も冊子を取り寄せて、
お客さんや周囲の人に配りたい、と思ったので電話してみました。


「まあ、普通のことが書いてあるよね」

さらりと友人が言いました。

「ほお。普通・・・ (すごいなと感心)」

「今まで考えていたことが書いてあるだけだった」

「つまりT子は、もし自分がガンになっても手術受けないんだね」

「いや、受けるけど」

「え? あれ読んでも病院の治療受けるんだ(?マークの嵐)」

「ふつう、がんになれば病院いくでしょ。手術が必要なら、するでしょう?」


やっぱりなあ、文字って、絵や音にくらべて伝わる力が弱いなあ。
前からそう思ってました。


「えみが手術受けないほうがいいと思うのは勝手だけど、
人にまで自分の考えをすすめるのはどうなのかなって」



きた~~
そうくるんじゃないかって、最初にこういうこと書いたときから思ってましたよ。
だから私、ぜんぜんひるみませんです。


「あのねーー、これは私見をいってるんじゃないよ。

アメリカはここ数年がんになる人も、がんで死ぬ人も減ってるの
日本は増え続けてる。なんで?
アメリカは手術、抗がん剤、放射線という三大治療に入らない代替医療を増やしてるから
食べ物とか生活習慣とか」

「なんでアメリカはそうなったんだろう」

「薬や手術はがんを根本のところで治さないってことがデータではっきりしてるし、
あちらは医療費が高いから、医療費で国家が破綻するレベルだからじゃない?」

「日本は効かないってわかっててなんでそれをやるんだろ」

「病気を治すのが仕事だと思ってないのかもね」

「それはないでしょ。お医者さんはちゃんと、患者のことを考えて、病気を治そうと思って一生懸命やってるよ」

「あんまりいうと、陰謀ロンの人になるから医者のワルクチは私は言わないようにしてるけど、
あなたまさか治ると思ってここにきてるんじゃないでしょうね、と医者にいわれた人もいるらしい。
あげればきりがないくらい医者のひどい話はあるよ

日本で年間30万人ががんで死んでるらしいけど、8割の24万人はがんで死んだのではなくて
治療の副作用や治療で免疫が落ちたためにべつの病気を発症して死んでるって。

T子は、抗がん剤が3割の人にききますって医者がいえば
3割の患者のがんを、抗がん剤が消してくれたと思うでしょ?」

「うん。違うの?」

「がんが半分に縮小する期間が4週間続いたら効くってことになるんだって。
4週間たってまた大きくなることがあってもそれは無視」

「えみの話聞いてると、病院が役に立たないっていってるみたい。
てゆうか、それってこれまでの常識がひっくりかえる話じゃない?」

「病院が役にたたないって、医者でも思ってる人はいるよ。
そういう人は国民健康保険から抜けてるんだって。

もちろん怪我は病院がやくにたつし、一部の病気は医療が役にたつことももあると思うけど、
たいていの病気に対して病院がしていることは、治すじゃなく、現状維持だったりしない?」


「うちのだんなも痛風の薬飲みながら酒もタバコもやって
酒飲むために薬飲んでるみたいで。これを延々やっていくっておかしくない?と思ってた」

「がんも痛風も糖尿病も、生活習慣病だから、薬より、生活変えるように徹底指導すればいいのに、
患者は薬しか求めてない」

「うちのお父さんも心臓の薬飲み続けているけど、
今度はこっちにしましょうかね、って薬変えるたびに悪くなっていって、
医者が病気のこと、わかってないってことがわかるばかりよ」

「がんだって同じよ。
医者はがんのことも何にもしらない。

知人が何年も抗がん剤のんで杖がないと歩けないくらいぼろぼろになってるときに水素水に出会って、
結局数ヵ月後にがんが消えてることがわかったたんだけど、
医者が言ったコトバは、この薬でがんがなくなった人初めてみた、だったって」

「なんでみんな、医者のいうとおりにするんだろ?」

「みんな、自分がガンになって初めてガンを知るからじゃない?
自分がガンになるまでがんについてしってることといえば、
ガンで死んでいった有名人の美談だけだもんね。

私だって1年かけて、いろんな経験して、一巡したからわかったようなもんだし。
いきなりガンの初心者が、病院のいうことはおかしい、自分で治そう
とか思えるかっていうと、難しいよね。

手術しなかったら半年だって医者にいわれたら(わたしのこと)、
たいていの人は真に受けちゃうと思うけど、
そんなの嘘でしょう、って思うことができて、
手術しない選択をして、免疫を落とさない暮らしに方向を変えてたら、
こんなに再発しなかったと思うし、

自分でがんを治すという選択をして元気になった普通の人が
こんなにたくさんいるってしっていたら、
張り切って、私もそれをやったと思う。

つまり私は、

T子に私の轍を踏ませたくないわけ。

ガンになる前に、ガンは医者じゃなくて自分で治せるという事実を知ったらいいと思って。
少なくとも選択肢が広がるでしょ。

病気を自分で治した人がいっぱいいるってしっていたら自分のまわりの人がそうなったときに、
ちょっと待って、っていえるでしょ

医者は、もう治らないとか、これしか治療法はないとか、
死ぬまであと何ヶ月だとかヒトゴトだから簡単にいうけど

それは医学の限界をいってるだけで、
人間の限界をいってるわけじゃないから」


「でもうちのだんなさん、病院にいって薬もらうほうが楽だと思うタイプよ。
そんな面倒くさいことするより、医者の言うとおりにするわ、っていいそう」

「T子、未亡人で老後を送ることになるのはいいの?」

「ぜったいいやだ」

「じゃあ、今のうちに、少しずつ彼の考え方を変えるようにしていったほうがいいんじゃない?」

「どうすればいい?」

「玄米と野菜でおいしいものを作る」

「玄米きらいだって」

「それは玄米の炊き方が悪いのかもよ。おいしくて簡単に炊けるお釜が最近あるよ」



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玄米菜食だけでガンを治した人

私がついにそっちに目覚めたということを知った友人たちが
「いのちの田圃」(ガンの患者学研究所広報誌)を
次々に届けてくれました。

「なんで、もっと早く教えてくれなかったのよーー。
しってたら手術しなかったのに!」

というと、

「早く教えたところで、えみちゃんの耳に入ったかなあ」

とズバリ言われてしまった。
そうですね。
普通の人なのです。私は。
ガンになったといわれたら、さくっと手術して、ささっと治しちゃって
と思う人。
さっさと仕事に戻りたいから、手間かかる方法なんかやってらんないわ。

と思う人。

・・・・だったんですけど、
発病から1年以上たってやっと目覚めました。
治すのは、療法や医師やものではなく、自分の心であると。


病院の治療を続けても延々と薬を飲むだけ、必要に応じて手術や放射線治療を重ねるだけ
病院の推奨する治療を重ねた結果、完治の道はどんどん遠ざかり
病人歴だけ長くなり、やがて帰らぬ人となる
これががこの国で、世界で信じられているガンの物語。


でも、
自分で自分の病気を治すという、変人の道、変わり者の道を行く人たちが
じつは日本には千人単位でいて、
数百人が自分のがんを治しているのです。


ちまたで話題になる、単行本になっている「自分でガンを治した人」は、
特別才能のある少数の、すごい人かと思いきや
まったく普通の人たちが、
医者と手を切ること、がんになったこれまでの道筋を、徹底的に変えることで病気を完治させているのですね。

彼らの多くは、

「ぜったいそんなことはやめて、お医者さんの言うとおりにして」と家族に泣きつかれ、説得され続けたり、
「そんなもんで治るわけないだろう」と医者に罵倒されたり、
「そんなに死にたいのか」と知人に言われたりしています。


でも、自分の信じる道をいかなくては、
医者の言う道や、みんなが正しいという道をたどって死んだヒトを数多く知ってるから
と、わが道を突き進んだ。

そういう人たちの顔写真つきのストーリーが多数紹介されているのが
先述の「いのちの田圃」という雑誌です。


あと一週間で死ぬと医者に言われた人、もう死にましたと家族が医者に言われた人(呼吸停止した人)
でさえも、
自分で治そうという気持ちを持ったところからV字回復していった人がいるんですね。


ある人は、百人くらいの従業員を抱える経営者でしたが、がんがわかったときには「打つ手なし」と医者にいわれ
そこからすぐに仕事もプライベートもすっきりとダンシャリし、
玄米菜食だけを方法とし、ほかには健康食品もとらず、民間療法もせず、それだけ。
6年後にたまたまチェックしたら、すべてのガンが消えていたそうです。

玄米菜食だけでがんを治した人は、バックナンバーをひもとくと、他にもいらっしゃいましたが、
その人も仕事をやめ、一口二百回も三百回も噛むという玄米菜食の徹底で治らないといわれたがんを治したそう。


「玄米菜食だけ」
といっても、治した人には、
心を徹底的に転換させたという共通点があります。

がんは生活習慣病ですが、ふだんの食べ物がどんなによくても、がんになる人はなる。
知人で、自然栽培の野菜と米しか食べてないのにがんになった人がいます。

食べ物が原因でがんになる人が多いので、がんの原因=食べ物、という論説が目立ちますが、
「いのちの田圃」を友人たちが届けてくれたバックナンバー数十冊を読んでいると、
がんになる最大の原因は、性質と生活のような気がします。
(ある中国人医師は、「がんの原因は仕事のしすぎ」と言い切っていました)


がんになったのがこれまでの性質と生活だと理解したら、
すっきりとこれまでの性質と生活をやめる

これが確実な治癒への道。
みたいです。


そして心の徹底。

ある人は、タバコでガンを治したそうです。
絶対治すという信念で、タバコを味わいぬき、愛しぬき、ポジティブなイメージをタバコの一服に込めるだけこめて・・・・

よく、人がいいというから
アレを試した、コレを試した、
でも全然効かなかった、死んじゃった、などなど
本の批評欄や商品のコメント欄に書いてありますが、
どれだけの信念を持ってそれらを実行したかどうかは誰にも問われない。

タバコを信念の力でガンの特効薬にするのは、とんでもなく難易度の高い話になりますが、

ガンを病院に頼らず治している人が増え続けていることは、
テレビでは、絶対に報道されません。

千人以上の治った人や治りかけの人が集まった集会を開いたとき、
テレビ局がいくつも取材しにきたそうですが、
放映した局はひとつもなかったそうです。

ガンといってマスコミが飛びつくのは、
死んでいく人の話です。

死を受け入れて、残された人たちのために奔走して、命を無駄にした

「湯をわかすほどの熱い恋」

は、ガンを死んでいく病気としてのプロパガンダ映画にして美化し、
みごとに成功しました。


私自身この映画、劇場では、面白がってみましたが、「いのちの田圃」を読んでしまうと、
なんで、あと数ヶ月もあるのに、自分で自分の病気を治そうという努力を何もしないで
すき焼きしゃぶしゃぶなんか食べて、死を受け入れた? アホじゃない?
家族のためにできることで何がイチバンいいかって、生き残るための努力でしょうが!
と呆れるしかない自分になりました。


でも結局、宮沢りえ演じる主人公は知らなかったのです。

全身に骨転移しても、全身にがんがちらばっていても、まったく食を受け付けない、歩くこともできない・・・・

こんな状態から

玄米のスープを一口飲むところから
ゆっくりと自分で自分を癒し、ついにはすっかり治った人たちが
山のようにいることを。


最近、ガンで死んでいくのを受け入れて夫婦で旅行するロードムービーが公開されましたが、
ケッ!!
てかんじです。


がんは人に隠しているより、公開してる人のほうが治る率高いそうで、
確かに隠している人は治らない人が多いと実感するので、
私はなるべく機会があれば言うようにしています。

でも、がんをあまり知らない人は、
もう死ぬんですね

という目を向けるので、相手を選ぶことは多いですが。


ちなみに私は、四期のがんで、手術も放射線もできないといわれているので
いまは仕事を96%しないようにして
散歩と入浴とびわの葉と各種のあっためと玄米菜食と・・・・で
桃の収穫開始までに治す
と決めていましたが
桃の収穫期になったらバリバリ働くぞ、という
この心の持ち方が消えないかぎり
ガンも消えないと気づいたので

仕事はしばらくおやすみでいきます。
でも、書くのがすきなんで
こういうのも書きたいと思い始めて
しばらくガマンして
あーーもーーーー書きたいよーーー
とたまってしまってから
書いてます

メルマガも書くな、とおっとにいわれてますが
かきたいんだよーーー



でも
それする暇あったら
ウォーキングかびわの葉してろ、という理屈でございますね

わかってますよ!!


あ、こういう、すぐ言い返す性格がダメですね
わかりました! もうしばらく書きません!
忠言いただきありがとうございます



では

今日は野菜発送の受付しめきり日です。
正午の締切は絶対ですので。

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どんなガンも自分で治せる?

2018Jan14_2.jpg
薪ストーブ用の木です。いつも割ってくれてダーリンありがとう。


自力でガンを治した人達の講演会を聞きに、先週、福岡まで行ってきました。

まったく世間に知られていないのが不思議なくらいですが、
医師がサジを投げた患者や
余命一カ月と宣言された人、
5年生存率0%といわれた人も、
悪名高きすい臓がんも含み、
医療を受けずに自然寛解に至り、10年、20年生きている人を数百人リストしているのが、
その日の講演会を主催した「ガンの患者学研究所」略してガン患研という全国組織です。

その日壇上に立たれた三人の方々は、いずれも命の崖っぷちに一度は立ちながら、
自分で治すという心を持ち続け、寛解に至って十数年以上という方たち。

その中のおひとり、岡山県から来られた春名さんは、咽頭ガンがステージ4で発覚し、
医師から手術はできるけど、手術後、声と聴覚と視覚と味覚を失うリスクがあることが告げられたそうです。
この段階で自死を選ぶ人もいるかもしれない非情きわまりない話です。

しかし彼はなんと、手術までの4カ月で、自力で咽喉と舌のガンを完全消失させ、
リンパのガンが少しあるというレベルにしてしまいました。

働き盛りだった彼が四カ月仕事を休んで、孤軍取り組んだことは、
食事と心のケアと体を温めることだけ。

だけ、といってもその話は著書も上梓されているほどで、とにかく深い。
手術後、再発を防ぐために、中国にわたり、
ガン治しに特化したかくりん気功を学び、
今はそれを広める活動を展開しておられます。

ガン患研は、もともとは20年以上前に、
医療に頼らずガンを治した人たちを国内外で取材したドキュメンタリーを制作した
当時のNHKのディレクターが中心になって結成された非営利団体です。

一定の治療法や器具をおし付けたり、西洋医学を拒絶したりするものではありません。

すべての中心は、治すこころを、相互の励まし合いや、
治ったヒトたちの姿を見る機会をつくることでがん患者の心にはぐくむこと。

それを通じて治るヒトを増やすことを目的に運営されています。
がんは治らない病気というイメージを完全にひっくり返している場所が、
日本にあったのですねえ


ガンになったら病院にいって、
手術してすむならチャチャっとやっていただこう。

というヒトが世の中のほとんどだと思いますが、

病院は、医者は、けっこう、患者のことはヒトゴトです。
医療はショウバイだと思っているかんじがありありとします。
がん患者の話を聞く機会が多いのですが、
彼らの話や私が見てきた風景を統合すると、
病院(医師)は、臓器を切ることによるダメージや再発可能性の高さなどはほとんどかまっていません。
営業マンが商品を売って売上増を目指すように、手術件数や薬剤、放射線治療の件数の上昇を目標にしてるのでは、
とかんぐりたくなる病院(医師)が、悲しいかな多数派です。

そんな場所に身をあずけることのキケンを病気になる前に知っておくことは意義深いことだと思います。

切れといわれたら、乳房でも子宮でも肺でも大腸でもなんでも切っちゃうヒトがほとんどです
私もそうでした。
自分で病気を治すなんて、そんなあほな、と思ってました。
あるいは、限られたすごいヒトだけにできることだろうと思ってきましたが、

自力で治った「ふつうのヒト」がこれほどたくさんいるという事実。
これを、病気になる前に知っておくと、
無駄なお金や時間を費やさずにすむかもしれません。

二人にひとりががんになる時代というのに、
保険会社と薬品会社の売上が膨れ上がるだけで、日本のがん医療はほとんど進んでいません。
(アメリカでは以前よりがん死亡者も罹患率も減っているそうですが、日本は逆)


講演会のあと、立ち話で、がんを治した会員のヒトから聞いたことです。


「横のつながりでみんながそれを勧めあっているわけじゃないと思うんだけど、
治ったヒトは、だいたい全員、同じことをしているね。それは、

1、玄米菜食
2、びわの葉温灸
3、ウォーキング

不思議なくらい一致してる。治ったヒトはみんなこれやってますよ」


びわの葉温灸ごときでガンが治るわけないでしょう?
と思っているヒトは多いと思うのですが、
どうも、そうじゃないらしいです。
ビワの力がすごいそうです。
先ごろ話題になったビワの種も、百個くらい食べてはじめて毒になるそうです。




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「この声をきみに」

本をよむな

と夫に言われているかわいそうなよめです。
読むなといわれましても、趣味なんです。
やめられません。

聞かれても居ないのにいいますが
最近おもしろかった本はですね

「ネガティブ・ケイパビリティ~答えの出ない事態に耐える力」(帚木蓬生)
「夜の言葉~ファンタジー・SF論」(ル・グウイン)
「仕事なんか生きがいにするな」(泉谷閑示)

どれもおもしろくて。読み終わっても本棚に納める気になれません。

そして読むまで気づきませんでしたが
これらが3つとも似ていることに気がつきました

さらにこれら3冊と似ているもの、思いつきました。

NHKドラマの「この声をきみに」

似てます。


上記のどの本も、NHKのドラマも
合理的なもの、無駄がないもの、速習的なもの、成長志向、質問と答えが一直線に結び付けられるもの

を嫌っているところが似てます。

「この声をきみに」
というドラマは読書好きの人にたまらない魅力を感じさせます
毎回、数冊の本が引用される(というか朗読される)のですが、
それがいちいち、すごくいい。


上記三冊の本も、他の本から引用した部分がとても多いのですが、
その引用の部分がすごくいい

それも、上記三冊とNHKドラマの共通点ですね。


なにかひとつくらい、いいなあと思う引用部分を引用しましょう


芸術のない所に決して真実の花は咲きません。真実に生きようとする自覚が深ければ、人は屹度芸術にまで行きます。其処にだけ真実を見る窓が開かれて居ります。そうして、真実とは愛の最も偉大なるものであることが解ります。
(『愛、理性および勇気』与謝野晶子著)


を引用しているのは、「仕事なんか生きがいにするな」(泉谷閑示)です。
いいなあと思う引用がたくさんあります。


今日は何を読みながらお布団にはいろうかな

ネガティブ・ケイパビリティというのに私はとても欠けているなと思っているせいで
こういう本を引き寄せてしまうのでしょうね

内容を知らずに読んでいるのに、また、同じ内容が書いてある、と驚くことはよくあります
あるとき、本屋で長い時間立ち読みしていたら
開くページ、開くページに「スサノオ」と書いてあったのに驚きました。
講談社学術文庫や新潮文庫の小説や、全然関係ない本をめくっているのに、ですよ
スサノオが何か私の興味に触れていたかというと、そういうことはなくて、
なんだか不思議と思いながら、以後もスサノオは追求していません


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『イシ 北米最後の野生インディアン』

鶴見俊輔さんがこの本について書かれたすばらしい文章(『近現代作家集Ⅲ』 河出書房新社)を読んで
アマゾンの古本で即買い。
初版は1970年。岩波書店です。
著者はシオドーラ・クローバー。
「ゲド戦記」で知られるル・グゥインの母上で、本にも印象的な序文をよせています。
なぜ文化人類学者の父上がこの本を書かなかったか。
それは本を読めばわかるアメリカ人の暴虐が・・・・・(読んでください)


全然関係ないテーマなんですが、今日ちらっと見たウエブサイトに、こんな言葉が書かれていました。
「人間としてありえない行動だ」。

思いました。
ヒトの行動や価値観は、文化という鋳型しだいでいかようにも、性質をかえます。
戦国時代と、第2次世界大戦中と、20年前と、今と性質がみんな違う。
「人間としてありえない」は、無知だからいえること。
他の時代に対して、私たちはみんな無知です。


「イシ」という本でレポートされているのは、
石を削り、弓をつがえて、狩猟生活し、裸で暮らす石器時代同然の暮らしを生きていた野生インディアンが、
ついに最後のひとりになり、白人の前に自ら姿をあらわしてから亡くなるまでの数年間です。

石器時代から鉄器時代へ。
一日で数万年を飛び越えた男の名前はイシ。

たいした混乱もみせず、鬱屈もせず、スムーズに数万年分のスリップを消化する。
こういうことが誰にでもできるとは思えません。
そこで浮かび上がるのは、イシにそれができるのは、インディアンの集落における一種の上流階級の出身として身につけた堅固な教育があったからと思わせます。


教育とは、学校教育、躾、常識、メディア、伝統、流行、家風、お国柄・・・。
生きて暮らしている空間で、日々吸収するもの。
ヒトの考え方を育て、個々の性質をつくりあげるもの。


石器時代の人間が見るアメリカは、
どんなにまぶしく、すばらしいものに見えるだろうかと、文明側の人間からみると思うところですが、
イシは、おおかたのアメリカ人の想像とはまったく違う感想を抱きます。


英語を十分に使いこなせたとはいえないので、イシの残した言葉は少なく、それを言葉では伝えられてませんが
文化人類学者の奥様が、だんな様に代わってかいたこの本は、豊富な写真と周囲の人との交流の記録から、
イシの考えを、イシが受け継いだ野生インディアンの哲学をあぶりだします。

イシがみたアメリカ人は、

名声とか権力とか金を欲しがり、
若く見られたいと願い、年をとることを恐れ、
考えるよりしゃべり続け、家の中に閉じこもり、欲深く、きわめて残虐・・・・

イシはその愚かさを認識しながら、あわれむでなく、そういうあり方を受容します。

あまりに自分の育ってきた環境と異なる文化に接すると、簡単にけなす、はねつける、はよくあることですが、
未知なる生活習慣をけなすでなく、排斥するでなく、自分の理にてらしあわせて考え、試してみて、
取捨選択していくイシ。周囲のアメリカ人はそんな彼の賢さに瞠目します。


言葉の習得が十分じゃないのに、寡黙な男なのに、
笑顔から、たたずまいから、生活の仕方から、働く姿勢から、
イシが部落で教育されてきた思想と哲学が、アメリカ人に伝わるのです。


インディアンに知恵などないと思っていたアメリカ人たちが、
イシという石器時代からやってきた男に対して尊敬の念を抱き、
魅了され、その時代の第一級の知性をもった教授陣が彼のともだちになりたがるのも、当然のなりゆき。


アメリカの文化文明に接して、「アメリカは何もかもすばらしい」と驚嘆のおもいで受け止め、
すべてを吸収していった戦後の日本人とは、かなり違います。

自分と自分の文化に、ゆるぎない尊敬がある

これがあるかないかがどれだけ大きいことか。
改めてアメリカ人の戦後の「教育」政策がいかに的を得ていたか思い知らされます。

ひょっとしたら、アメリカは、日本を内側から崩す方法を、
精神性においてかなり共通項のあるインディアンの文化人類的研究にヒントを得たかもしれない。
と、この本を読んで思いました。

日本人と野生インディアンの類似性は、本のなかでも言及されています。

言語の共通性。
鎖国して文化を守る。
自分たちの文化への誇り。

こうした人間たちの強さのもとにあるもの。
ひとつは、インディアンも、日本も、
三世代で暮らしており、文化の継承は親から子へ継承されていること。
教育の中心は学校より家だったのです。

勤勉で誇り高い集団を内側から崩すには、家制度を壊せばいいと誰かが気づいたんでしょう。
核家族化させれば簡単!


大量殺戮に有効な武器を持たない点では
日本人も、インディアンと同じなのに
江戸末期の日本人はなぜ、同時代のアメリカ人に、壊滅されなかったのか。


インディアンを大量殺戮したのは主に、ゴールドコーストに金目当てで集った無知で粗暴な移住者でした。
彼らは文字が読めないことも珍しくなく、育ちは極貧。教育といえるものをほとんど受けていない。

一方、遠い島国である日本にやってきたのは、ペリーたち、知的に教育されたエリート。
教育を受けたアメリカ人には、当時の日本人のすごさがちゃんとわかった。

この違いは、大きいかもしれません。

当時の識字率の高さに日本にきた外国人は、どこの国のヒトも驚いたといいます。
かなりの率で、ほぼ全国民が文字を読み、数千年の蓄積を伝達、伝承、教育できる国。
そんな国は日本以外になかった。

千年前に書かれた知恵を読みこなす恐ろしい国民を腑抜けにするために、
戦後、アメリカは、旧かなづかいを、新かなづかいに改めさせた。
ということでしょう。

インディアンは文字をもたなかった。

カリフォルニアで同じ郡といえる近い場所に暮らしながら、
ときにはドイツ語とスウェーデン語くらい集団ごとで、言葉が違ったらしい。
文字が必要とされなかったのは、別の能力を育てていたからかもしれません。


インディアンと日本人は、とても似ている。
注意深く意図された、アメリカによる教育によって、大きく性質が変貌してしまったところまで。


イシは文明に参入したおかげで、文明病である肺結核にかかり、亡くなりました。
最後にのこした言葉が記録されています。



「あなたは居なさい。ぼくは行く」





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