きょうは何の日?

飽きもしないで、このネタです。

忘れてしまいがちなのですが、
たいていオットが覚えていて、ワタシは忘れている。
結婚記念日よりも、記念日の重要度が高い日。

われらが初めて会った日。
にして
われらが結婚を決めた日。

先週から数日NYから友人がきてくれて
おきてる時間の9割をおしゃべりしっぱなしで過ごしていましたが
あらためて、おっととどうして出会ったかと訊ねられて
これまでに50回は人に話した気がする話をしていました。


はじまりは2000年か少し前のこと。
NYで、かなり不幸だった私は、マンハッタンのとある場所で
不幸度数マイナス2万点くらいのとき、
「わたしが本当にしたい暮らしはどんな暮らし?」と自分に問うたのでした。
目の前の白い紙にワタシの右手がするするとつづりだしたその内容というのは、

「大好きな人と一緒に三食食べる、毎夜一緒に眠る。
広大な土地を所有していて、毎朝畑から野菜を採ってきて、朝ごはんをつくる。
犬をつれて散歩にいき、帰ってきたらコーヒーをいれてあげて
窓から豊かな自然が見える場所で好きなときに好きなことを書いて、
暮らしている」

2009年にそれを思い出して、なんでいまだに行動してないんだ?
と自分をしかりつけ、
その晩のうちから行動開始した方法はネットコンカツで、
探し出して2週間たらずでオット発見。
柿を注文したらあまりに美味しいので、「会いに行きたい」といいまして
メールの交換を始めた日から2週間たらずで、飛行機にのって会いにいきました。

それが11月8日。

あったら数分で意気投合。数時間後には、結婚決定。
翌月二度目の熊本行きで互いの親に紹介、
その一週間後に婚姻してました。


友人がいいました。

「夢がぜんぶかなったってことじゃないですか」

「夢と違うのは、コーヒーをいれてくれるのも朝ごはんを作るのも
ワタシじゃなくてオットだということくらいかな」



友人がNYでマインドフルネスのスタジオに(おしゃれな場所があるのですねえ)
通っているというので、
これまで話したことのなかったことを話しました。


コンカツの肝は、実はマインドフルネスだと思っていること。

オットを探した2009年は、マインドフルネス(ヴィパッサナー)を一日多いときで6時間やっていた。
欲はなかったけど、カンが異常に冴えていた
という話。
なぜ、6時間もしていたかというと、仕事は過去最高に忙しくても予定や計画が充実していても、
幸せじゃないと思ってたからですね。


お金でも名誉でも達成でもなく・・・。
結婚? とは思ったけれど、都会の魚群はなぜかワタシにみすまっち。
はまってないピースが一個、ぽっかりあいている。
何が足りないのかわからないまま20年経過。
いっそ出家でもとまじで考えた日々がとつじょ、
ネット注文した柿一箱で解決してしまった。

足りないものっていう概念もない今日このごろです。



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錦自然農園
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自然農の稲刈り

生まれて初めて稲刈りをしました

不耕起の田んぼは、水を張らず、ちょっとしめってる程度で植えつけます。
苗を一本ずつ、それも手で植えます。
農薬、肥料を使わず、
除草剤も使わず、

そして育った稲を今日、手で刈りました。

草が繁茂する中に、稲がかろうじて育っているという風景

そこを友人らで稲刈りしました。
四人がかりでやるほどもない面積なんですが
鎌と軍手を渡されて、「ここを、こうして、刈る」と、基本的なことを教えてもらったら
作業開始


草と格闘しながら刈るのがたいへんめんどうくさくて
スピードに乗れないのが気もちわるい

「そこまで草を気にしなくても大丈夫」

といわれたときから、私のパワースイッチが「弱」から「強」へ


稲刈りマシンのように、シャカシャカ刈っていきます


横で友人たちが

「晴れてよかったねえ」
「いい風ね。風が山から酸素を運んでくるってよく主人が言ってた」
「こんないい時間を過ごせるって贅沢ねえ」
「みんなこの気持ちよさを知ったら、都会の人もお金払ってでも稲刈りしにくるんじゃない?」


なんて話しているのを聞きながら

しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく

スピードにのって作業しないと気持ちわるいんだもん
黙って刈り続けるひと

手を動かさないでいることができない



「そんなに急いでやったら、終わってしまうじゃない。もっとゆっくりやってなるべく長く楽しもうよ」



という声がかかってやっと稲刈りマシンが止まりました。


さっさと終わらせて、田んぼから撤退して、食事タイムに入りたいという一心になっていました



今の時間を、早く終わらせて、次いこう
とするクセ
今より先、ここより先へ行こうとする心のクセは、根強いものがあるなあと思ったでした


まあランチに用意されていた「養生鯉こく」「去年の自然農米のごはん」
が早く食べたい、という食い意地が大きかったともいえますが。。。



稲刈りは、たのしかったです
スパッと切る快感
1時間そこらで終わる作業だから楽しいといえるともいえます
でも、こういう楽しさを知らずに半世紀生きたことはもったいなかったと思いました



「子供さんにもやらせてるんでしょ?」
「ううん、やらせたことない」



稲を植えて食べるという原初のいとなみ
水田ではない土に植える、効率度外視の、実にファンタジックな農業
これを何千年前だか、何万年前だかの人もやってた
同じ風景を誰かさんも見ていた
(アフリカでやってたのが最初だという説もあります)
人間は、こうやって食べものを得てきた
手で植える、手で刈る  
命の原点



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20年めの廃屋

母方の祖父が亡くなって以来、住む人がない福岡の家に
20年ぶりにいきました。

誰が管理しているのか正確には知りませんが、
みごとに周囲が変貌していて、記憶にある小鮒を釣った川さえ消えていた
川はどこにいってしまったんだ~~

近辺の道の両脇には黒々と葉を茂らせらた大木がうっそうと茂っていて、
いつも湿っている、妖怪がひょっこり出てきそうな、ちょっとこわい場所でしたが

それが、みごとにカラッと乾いた空気に変貌しているのに、まず軽くショックを受けました

大きな古い家ばかり並んでいて、そのあいだには車一台通るのがやっとの細い、舗装されてない土の道が
20年前はたしかにあったのに

道路になっていた

たぶん家はないな
更地になっているか、新築のアパートにでもなっているのかな
見たくない風景が出てくるんだろうなあ


出てこなくていいよ、見つからないほうがいいよ、と思ってもそういうわけにはいかなくて
ついにたどりついたら


驚愕の風景。


なんと、そのままだった。


まるで絵本の
「ちいさな家」です


家の周囲だけが、アパートや新築の一戸建てになっていて、
祖父が住んでた家は
そこだけ、祖父が死んだときのまま。
明治の初期にたったときのまま。

近づいてもっとよく見たいけど、
絵本の「眠りの森の美女」のように、
深い背のたかい草と竹やぶにおおわれて、足を踏み入れることもできない


遠く見えるのは
二階の一部だけ


どういう事情でこのままなのか、
関係者が死んでて、
わからないし
わかってる人に聞く理由もないのですが
母が一緒にいたけど、
親戚の家は人が住んでいるように見えたけど
会いに行く理由がなく・・・



祖父というのは、
かなりユニークな人でした


家のトイレのドア(大きくて重たい木の扉)を
照明のスイッチと連動させて自動ドアに細工してました

門扉も自動ドアだった
仕掛けをつくるのがすきなのです


来訪者が呼び鈴をおすと、

居間のテレビの画面に、門の外の人が映る。
同時に、庭先につくった犬小屋に突っ込んであるぬいぐるみに仕込んである
テープレコーダから犬の吠え声がリピートする仕掛けになっていて

居間にいる祖父の手元にあるレバーを動かすと、
ゴトゴトと、門扉が自動的に開くというあんばい。

屋根に届きそうな大木には、祖父がつくったブランコが下がり、
祖父がつくった小さな温室があり、
祖父の工房みたいな遊び部屋には、自転車を解体してつくったろくろがあって
焼き物も焼いていた

素麺流しをするために竹を半分に割ってくれて、庭で水を流しながら素麺をすすったのは、
私が33、4歳のころが最後
東京の友達をつれて遊びにいったら
その友人と祖父が仲良くなり、
大阪でデートした話を聞いたけど、
当時祖父は90歳になる少し前。

私が神楽坂で一人暮らしをしているマンションにも遊びにきて
一緒に、なじみのバーにいったり、小料理やにいったりして遊びました

祖父が若い頃、明るい時間の夕方だったそうですが、お風呂に入っていたら
いとこが窓から見えて、
お互いに、手をあげてあいさつしたそう。

「その数時間後、裏庭でそのいとこが首をつってな。ほら、あの木」

いろんな人が住んだその家には、いろんな持ち主の名前が書かれている本があって
何回か、神保町にもっていって売ったっけ

いちど、古本屋の店主から

「これは三冊でセットです。もう一冊あるかどうか探してごらんなさい。それがあったら十万で買うから」
(浄瑠璃の古い、楽譜でした)

といわれ、祖父に探してもらったけど
みつからなかった


江戸期から医者を輩出した家で、
和とじの、色刷りの、美麗な図版つきの医学書まで並んでたけど、
おじいちゃんは「もっていっていいよ」といったけど、
いかにも高額なそれを「ありがとー♪」と無邪気に持って帰るワタシじゃなかったことが
いまも悔やまれます。


おじいちゃんの家には、もう二度といかないでしょう



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機嫌よく暮らす

最近、ふっと、昔のことを思い出します。

たとえば22年前
会社員をやめてフリーランスで編集とかライターとかを始めた頃のこと。

フリーになりたてだから営業もしていたけれど、
企画つくってあちこち廻ったりするより、なにより、日課にしていたこと。
毎日していたことが、ありました。
それを思い出しました。

機嫌よく暮らすことです。

それさえしていれば、いいことがやってくる
とどういうわけか信じていた。
落ち込みそうになると、おいしいものを一人で食べにいったし、映画見に行ったり、
図書館でひとかかえの本をかりて、るんるんと読んでいました。

一人暮らしですし、どうかすると、簡単に落ち込んだり、不安いっぱいになったりもできるので
ちょっときをゆるめると、仕事の電話がかかってこないことが、このままずっと続いたりするのか?
という気持ちにもなったりしそう

そうならないように、
日々のテーマは、「機嫌よくする」に一本化しておりました。

そうすると、ちゃんといいことが起こるのでした。
おかげで順調にやってこれましたが、

たいへんな時期もありました。
日本の仕事たたんで外国で暮らしたりすると、元のペースに戻るのに滞在年数の2倍かかる
と日本をたつ前、あるスウェーデンで勉強された経験のあるカメラマンにいわれましたが、
それはまったく真実で
ぜんぜん仕事ないよ! という時期がガツンとやってきたことがありました。

そのとき
すっかり事態のあやうさに感情的に巻き込まれてしまったそのあとで、
機嫌よくする、という手があったよ、忘れてたよ! となりまして
暮らしを変えたら、
状況が一気に、すばやく、パーフェクトに改善した、魔法のような経験もあります。



ちょうど一年前に9月29日に、病気がわかったんでした。
結局、根本的に変えるべきを変えないといけないんだな、と1年たってようやく、腑に落ちるようになりました。
もう一回、はじめる。くらいの大きな転換。
それがどういうことかは、まだ渦中におりますので言語化できませぬですが。
新しいたびです。




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「きみはしあわせか?」

東京の友人が出張ついでに寄ってくれました。
遠方から人が来るときは、いつもだと観光的にあちこち連れまわすのですが、
今回はおっとと三人で、ずっとしゃべっていたような気がします。

年齢が近い50代男女三人が何をしゃべっているかというと・・・・・・
おたがいの仕事のディテールについてはほとんどしゃべらなかった
ちなみに友人は編集会社を経営しています。


友人は、
「きみは幸せ?」
とか、突然聞くのです。

「うーーん」

オットの前で黙ってしまうのが私。適当に「うん、しあわせよ」といいません。
答えに困って長い沈黙のあげく質問するわけです。
えみこ「あなたは?」


友人「おれは幸せだな」
オット「おれも幸せ」

えみこ「あなたたち二人とも、私から見ると、すごく強いんだけどさ、
私は実に弱くて、けっこうすぐ逃げたくなる。
こういうかんじだから、幸せとは簡単には言いにくいんだけど、
なんであなたたちは、そんなに強いのかね。
たいへんなときにも、揺るがず、ぶれず、まっすぐにぶつかっていけるのはどうしてなのかね」


友人「オレは違うけど、ダンナさんはほんと、ぶれないよな」

オット「そうかなあ(笑)」

えみこ「ダンナサンはぶれないけど、あなただってすごいじゃない。
あのときとか、あれのときとか(30年つきあいがあるのでいろいろ事件がある)よく、逃げたくならないよね。
人に愚痴るとか相談するとかもしないでしょう?
自分のせいじゃないし、逃げちゃえ、とか思わないの? 酒に逃げるとかもしないでさ。
普通、なんか逃げ道探したくならないかね? まともに頑張るだけじゃなくてさ」

友人「逃げれば楽になる、とは思ったかもだけど、そういうこと考えなかったな。
目の前にやるべきことがあったら、それをやっていくことで頭はいっぱいだし、ほかのこと考えないよ」

えみこ「(オットも同じこと言ってたなと思いつつ)でも、あれは、あまりにもたいへんじゃない」

友人「人生って、たいへんだもん」

おっと「人生はたいへん。だから面白い(笑)」

友人「そうなのよ。いつだって、たいへんなんだよ。だから面白い」

おっと「もう、生きてるってことは、そういうことだから。でもそれだから、生きてるって幸せだなあと思える」

友人「おれも! 生きてるのはいいなあって思う。人生たいへんで、おもしろい。
大変なことはどうしたって起こるよ。能力が足りないとか、もっとできればいいのに、とか思うよ。
でもそういうのがおもしろい」


ふたりは多良木町の恒松酒造の焼酎がおいしいみたいで、
一升瓶をかたむけ、手酌でがんがん飲んで楽しそうです。


えみこ「なんで私はいつまでも弱いかねえ」

友人「ほんとに弱いの?」

えみこ「ここんとこ、なんで病気になったか考えろ、と人に言われて、考えようとしてるんだけど、
いろんな理由はあるけど、根本的に、心の弱さがあるなあと。
大人になってから今までのそういうストレスの集積ってそうとうなもんじゃないかと思うんだけど」

おっと「オレ何にも考えないからな。考えてもわかんないこと考えない」

えみこ「うーーーん」

★★★

友人「オレがヨメサンとのことで悩んでいるとき、きみに結婚ってなによ、って聞いたんだよ。
君はあんまり真剣にとりあってくれなかった」

えみこ「都会の結婚と農家の結婚は違うんだよ。
農家の結婚は原始時代からかわってないのよ。
協力しあって生きていくシステムを結婚というの。

結婚って何よって言われてももね、ってかんじだったんじゃないの。
ウチの場合、彼はひとりで生きていけるんで、そうじゃないけど、私はものすごく彼に依存してるからね」

おっと「ぼくだって君に依存してるよ」
えみこ「どこが?」
おっと「ねっこで依存してるんだよ」


後になって考えると、農家に限定する必要はないのかと思いました。

協力して生きていく、依存しあって生きていく(共依存という意味ではなくて)
そういうのが意識から消えていると、結婚してなくてもいいんじゃない?ってことになるかもしれません
でも、依存ってことばには異存あるなあ。と、あとで思いました
頼るとも違う。存在のねっこにすでに絡んでいる的な存在にいやでもなってしまうのが農家的結婚?
農って、経済も哲学も思想も生きかたも全域からむから。


私が20代のときにしてた結婚は、独立独歩の、根っこの絡みまったくなし。
結婚しなくてもよかったんじゃない? といってしまえばいえる。

友人は、そういうのも目撃しているわけで、
今回の結婚については、
「君は運がいい」と何回も言ってくれました。




★★★


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