機嫌よく暮らす

最近、ふっと、昔のことを思い出します。

たとえば22年前
会社員をやめてフリーランスで編集とかライターとかを始めた頃のこと。

フリーになりたてだから営業もしていたけれど、
企画つくってあちこち廻ったりするより、なにより、日課にしていたこと。
毎日していたことが、ありました。
それを思い出しました。

機嫌よく暮らすことです。

それさえしていれば、いいことがやってくる
とどういうわけか信じていた。
落ち込みそうになると、おいしいものを一人で食べにいったし、映画見に行ったり、
図書館でひとかかえの本をかりて、るんるんと読んでいました。

一人暮らしですし、どうかすると、簡単に落ち込んだり、不安いっぱいになったりもできるので
ちょっときをゆるめると、仕事の電話がかかってこないことが、このままずっと続いたりするのか?
という気持ちにもなったりしそう

そうならないように、
日々のテーマは、「機嫌よくする」に一本化しておりました。

そうすると、ちゃんといいことが起こるのでした。
おかげで順調にやってこれましたが、

たいへんな時期もありました。
日本の仕事たたんで外国で暮らしたりすると、元のペースに戻るのに滞在年数の2倍かかる
と日本をたつ前、あるスウェーデンで勉強された経験のあるカメラマンにいわれましたが、
それはまったく真実で
ぜんぜん仕事ないよ! という時期がガツンとやってきたことがありました。

そのとき
すっかり事態のあやうさに感情的に巻き込まれてしまったそのあとで、
機嫌よくする、という手があったよ、忘れてたよ! となりまして
暮らしを変えたら、
状況が一気に、すばやく、パーフェクトに改善した、魔法のような経験もあります。



ちょうど一年前に9月29日に、病気がわかったんでした。
結局、根本的に変えるべきを変えないといけないんだな、と1年たってようやく、腑に落ちるようになりました。
もう一回、はじめる。くらいの大きな転換。
それがどういうことかは、まだ渦中におりますので言語化できませぬですが。
新しいたびです。




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「きみはしあわせか?」

東京の友人が出張ついでに寄ってくれました。
遠方から人が来るときは、いつもだと観光的にあちこち連れまわすのですが、
今回はおっとと三人で、ずっとしゃべっていたような気がします。

年齢が近い50代男女三人が何をしゃべっているかというと・・・・・・
おたがいの仕事のディテールについてはほとんどしゃべらなかった
ちなみに友人は編集会社を経営しています。


友人は、
「きみは幸せ?」
とか、突然聞くのです。

「うーーん」

オットの前で黙ってしまうのが私。適当に「うん、しあわせよ」といいません。
答えに困って長い沈黙のあげく質問するわけです。
えみこ「あなたは?」


友人「おれは幸せだな」
オット「おれも幸せ」

えみこ「あなたたち二人とも、私から見ると、すごく強いんだけどさ、
私は実に弱くて、けっこうすぐ逃げたくなる。
こういうかんじだから、幸せとは簡単には言いにくいんだけど、
なんであなたたちは、そんなに強いのかね。
たいへんなときにも、揺るがず、ぶれず、まっすぐにぶつかっていけるのはどうしてなのかね」


友人「オレは違うけど、ダンナさんはほんと、ぶれないよな」

オット「そうかなあ(笑)」

えみこ「ダンナサンはぶれないけど、あなただってすごいじゃない。
あのときとか、あれのときとか(30年つきあいがあるのでいろいろ事件がある)よく、逃げたくならないよね。
人に愚痴るとか相談するとかもしないでしょう?
自分のせいじゃないし、逃げちゃえ、とか思わないの? 酒に逃げるとかもしないでさ。
普通、なんか逃げ道探したくならないかね? まともに頑張るだけじゃなくてさ」

友人「逃げれば楽になる、とは思ったかもだけど、そういうこと考えなかったな。
目の前にやるべきことがあったら、それをやっていくことで頭はいっぱいだし、ほかのこと考えないよ」

えみこ「(オットも同じこと言ってたなと思いつつ)でも、あれは、あまりにもたいへんじゃない」

友人「人生って、たいへんだもん」

おっと「人生はたいへん。だから面白い(笑)」

友人「そうなのよ。いつだって、たいへんなんだよ。だから面白い」

おっと「もう、生きてるってことは、そういうことだから。でもそれだから、生きてるって幸せだなあと思える」

友人「おれも! 生きてるのはいいなあって思う。人生たいへんで、おもしろい。
大変なことはどうしたって起こるよ。能力が足りないとか、もっとできればいいのに、とか思うよ。
でもそういうのがおもしろい」


ふたりは多良木町の恒松酒造の焼酎がおいしいみたいで、
一升瓶をかたむけ、手酌でがんがん飲んで楽しそうです。


えみこ「なんで私はいつまでも弱いかねえ」

友人「ほんとに弱いの?」

えみこ「ここんとこ、なんで病気になったか考えろ、と人に言われて、考えようとしてるんだけど、
いろんな理由はあるけど、根本的に、心の弱さがあるなあと。
大人になってから今までのそういうストレスの集積ってそうとうなもんじゃないかと思うんだけど」

おっと「オレ何にも考えないからな。考えてもわかんないこと考えない」

えみこ「うーーーん」

★★★

友人「オレがヨメサンとのことで悩んでいるとき、きみに結婚ってなによ、って聞いたんだよ。
君はあんまり真剣にとりあってくれなかった」

えみこ「都会の結婚と農家の結婚は違うんだよ。
農家の結婚は原始時代からかわってないのよ。
協力しあって生きていくシステムを結婚というの。

結婚って何よって言われてももね、ってかんじだったんじゃないの。
ウチの場合、彼はひとりで生きていけるんで、そうじゃないけど、私はものすごく彼に依存してるからね」

おっと「ぼくだって君に依存してるよ」
えみこ「どこが?」
おっと「ねっこで依存してるんだよ」


後になって考えると、農家に限定する必要はないのかと思いました。

協力して生きていく、依存しあって生きていく(共依存という意味ではなくて)
そういうのが意識から消えていると、結婚してなくてもいいんじゃない?ってことになるかもしれません
でも、依存ってことばには異存あるなあ。と、あとで思いました
頼るとも違う。存在のねっこにすでに絡んでいる的な存在にいやでもなってしまうのが農家的結婚?
農って、経済も哲学も思想も生きかたも全域からむから。


私が20代のときにしてた結婚は、独立独歩の、根っこの絡みまったくなし。
結婚しなくてもよかったんじゃない? といってしまえばいえる。

友人は、そういうのも目撃しているわけで、
今回の結婚については、
「君は運がいい」と何回も言ってくれました。




★★★


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最後の八月


むかし。
東京にいる頃、それも最後の頃ですが、私は独自であそびを発見しました。
それは、「今月で私の寿命は終わることになっているゲーム」です。

月半ばに、それを思いつきましたので、寿命はあと二週間ということになります。

その日から、

この人とお酒を飲むのも最後、この会社に打ち合わせに行くのも最後、ここでタクシー拾うのも最後と、
あらゆる行為は、「次はない」というひそかな思いとともに行われます。

新宿駅で人と待ち合わせるのも最後だ、と思うと、雑踏がうつくしく見えてきます。
アナウンスの声も、見知らぬ人の顔も声もなんだか快い、いとおしいものになります。
時間がなくて気持ちがせいているときも、
ここのエスカレーターを急いで降りるという行為をするのも最後だ、という考えが浮かぶと、
気ぜわしさがふっと消えて、永田町の駅の構内にたたずむ自分をゆっくり味わってしまったり。

「あと二週間で死ぬことになってるゲーム」を始めてからというもの、私は日ごと、明るく元気になっていくのを自覚していました。
この明るさは、未来を憂えず、今に集中しているからでてくる明るさであることはマチガイない。
二週間がたち、月末を迎えてゲームを終了したとき、これはいいことを発見したと思いました。

誰かに教えてあげたい一心で、
友人のデザイナーに、この人なら、このゲームのおもしろさを分かってくれると思った人に、

「今月末に私は死ぬことになっているというゲームをしてたの」

と話しましたら、

「大丈夫? うつとかじゃない?」 

といわれて、びっくりしました。
鳩がまめでっぽうくらった、という顔になってしまい、二の句が告げなくなったのを覚えてます。
これの何が楽しいのか? これ以上説明できません。やってみてもらうしかないです。

次はないかも、と思いながら、知人と別れるとき、いつまでも、相手のことを見送りたくなります。
私とこれまでつきあってくれてありがとう、と思いが浮かんできます。
ああ、ほんとに、今日、わたしと時間を共有してくれてありがと。すまないねえという気持ち。

やらないと理解できないかもですが、
お茶碗を洗うのも、納豆かきまぜるのも、電車の切符を買うのも、これをあと何回やれるか、と思いながらすると、
動作が前と違うものになります。

二週間でやめずに、これから先はずっと、「今月末でわたしは死ぬ」と思いながら生きていこうかな、
と思いかけていたけど、結局やらなかったのは、どうしてだったのか、忘れました。


昨日、友人とお茶していたとき、携帯メールに目をやった友人の顔が歪みました。

「知り合いが亡くなった・・・」というのです。

「前にあったとき、その人からお茶を飲んでいきなさいといわれたのに、私は次があると思ったから
またにします、と言ったけど、次なんかなかった」

友人はそういって泣きました。

次なんかない。

そう思いながら生きていくゲーム、今日から始めようかな。
今年の8月が、肉体をもって味わえる最後の8月かもしれない、と思えば、
地球の自転する音が聞こえるくらいの精度で瞬間を味わうことも不可能ではないかも。
8月は今日まで? 今日で終わる、と思いながら今日をいきるのは難しいな。
だって
明日は、野菜発送の日だから。
明日、大根いただきにいきます~の約束をいまさら反古にできません。


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「庶民だったんですね」

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クウシンサイの畑。農薬一度も使わないけど、病虫害なくすこやかに育ってます。


埼玉のお客さんから

ウチの近所には不動産数十億の資産をもっている大金持ちの農家がたくさんいます。
錦さんも、こんなに果物が安いのは、お金持ちだからショウバイはどうでもいいからだと信じてました。
庶民だったんですね


という内容のメールをいただき、おもしろいな~~と思いました。


都会に近いエリアと、都会から遠いエリアでは、
「農家」という単語のニュアンスが、同じ単語とは思えないくらい違うということ。


わたしの結婚に際して

「果樹農家に嫁いだ」=「果樹園に玉の輿にのった」

と解釈した東京の人がいました。

山梨あたりで果樹園=大金持ち
な農家がいっぱいいるからなのでしょうか? 考えてもなかった反応で驚きました。

ウチは庶民と言う言葉が上等に聞こえるほど、の庶民ですよ~


いずれにしても、首都圏や首都圏に近い、地価の高いエリアでは、
小さな畑といえども、まとめてしまえばとんでもなく高いから
そこで野菜をつくって、直売したいなんて、酔狂なことになってしまうこともあるでしょう。
固定資産税を支払うには、もはや農業では無理、という理由も大きそう。


地方では、別の事情で農地の存続が難しい。
ある友人は今年から、大規模な田んぼを、食料用から家畜の飼料用に転換しました。
人間ヨウでなければ、手間がかからず、補助金が高い飼料稲は有利。
こうした補助金の制度がなければ、担い手が不足している農家が農地を存続させるのはとても難しくなります。
農地が農地であり続けることが難しいのは、都会の農家も田舎の農家も同じです。


フランスが広大な農地面積をキープし、国土イメージをキープできるのも、
農家への補助金が大盤振る舞いされているから。
世界有数の農業国でさえ、です。
農産物を売るだけでは、経済的に厳しい。ツトメに出たほうが安定します。

60年前にはじまる経済成長期、豊かさを求めた農家の息子たちが
農業以外の職業につきたいと志したのも、当然のなりゆき。
当時の政策も、車産業を栄えさせるためには、農業を捨ててよし、という方向にあったことは
確かですし。

そんな中で、農業をつないできた担い手の人たちは、強い意思をもって農業を選んだのだろうと思います。

それは今も大して変わっていません。
うちもそうですが、あえて農業を選んだ人の多くは、
豊かさの指標を、儲けではないところにおいています。
野菜を販売していただいている農家のほとんどがそういう農家です。
強い意志かどうかはわかりません。


だから
お客さんとのネガティブなやりとりを、とてもとても嫌がります。
ちょっとした問題を伝えるだけで、「取引中止」のシャッターが下りてくる空気感がビシバシある農家も珍しくない。


こういってはなんですが、最近の「お客さんは神様です」「儲け第一」の経済でまわっている大多数の企業と
そういう農家は違う思考回路で仕事しています。

モウケ以外の目的や志向を杖にして、働いています。
うちのしゅうとが卵を販売する際に、もっとも嫌がったのが、最後までストレスになっていたのが
ネットで、都会のお客さんに売ることでした。
ホッとした、と何度か言われて、そんなにイヤだったのか、そんなにも不安にさせていたのか、と今更のように驚いてしまうほど。

卵の梱包を最大限に強固に頑丈にし、価格をもっと高くすると、しゅうとのストレスは緩和されたかもしれないと
いまごろ気づいたりしますが、そのようにして事故をゼロにする工夫が
千人に一人もいないウルサイ人のためだとすると、やはりできなかったです。
千人に一人いるかいないかの神経質な人のために、規格ごと変えることは、大企業ではよくあるようですが。


まあ、いろんな農家があります





金曜発送の野菜セットは、今日水曜正午締切です。ブドウと栗のご注文も以下で。
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7月の農家ツマの一日

2017Jun24.jpg


今日は台風DAYでした。

雨は強かったけど、それほどの勢力でもないと甘くみていたら
意外にも強い風で、ぶどうや桃の畑に張ったビニール屋根が持っていかれるかと
一時ひやっとしました。

台風のたびに、ビニールを剥がすかどうか迷ったりするのですが
今回はそんな心配をしていなかっただけに、やばかったです
ハウスがやられた農家は、熊本県内たくさんあったそうです。

これはもう、運というしかない。
今回の台風はスピードが速かった。
南の海で生まれた台風の情報を聞くと、またあーーと、
ウンザリしたりヒヤヒヤしたり呆然としたり諦めたり自然のばかあと悪態つくシーズンが
また始まりまるのか。


そんな今日は
朝からくりちゃんにきてもらって伝票づくりなどのパソコンワーク。

私は別のパソコンでぶどうのサイトをオープンする準備をしていました。

でもパソコン前にずっと座っているかといえばそうでもなく、
倉庫で発送の準備したり、
鶏舎に走ったり、
郵便局にいったり、
雨のあがっている合間にくーちゃんの散歩いったり、

お昼は、目玉焼きを3個もひとりで食べ、納豆に生卵をいれてもういっこ食べ、
なすびとひき肉の炒め物を食べました。

午後の部が1時半からはじまり、

またぶどうのサイト調整をしはじめましたが、
プリンターの調子が悪かったり
電話のご注文が何軒かあったり
やっぱり机の前にじっとしている時間はほとんどなく


というまに四時になり
野菜をいただきに隣町へ。

「最近やせました?」と数日前にもあっているOさんに言われ、
「最近お水を一日3リットル以上のみはじめたら、むくみがとれて痩せた」といったら
「やつれてみえる」と衝撃のひとこと。

そこで
今日のお仕事は大枠は終わったので、
やりかけているぶどうのサイトは、夜の部でつくることにして

思いつきで、お友達のM家に電話しました

「お茶のみにいってもいい?」
「いーよ」

コーヒーを飲みながらあれこれ話していました。

「運動しなくちゃと思うんだけど何がいいかな」
「ダンスがいい」
「でもダンススタジオって若い子と子供ばかり」
「卓球は?」
「どこにそんなものが?」
「近くにあるよ」
「今からいこう」

というわけで

意外な場所にあった「卓球場」に直行。

何年ぶりかわからないけど、卓球をしました。

どうやって持つの? とラケットの持ち方をきくところから初めて
最初はまったくラリーが続きませんでしたが

やるほどに
気合が入っていき、
本気の熱気で試合じみていき、
最後はラリーが止まらない

こういう運動部的な気分は、なんじゅうねんも味わっていないことでしたが

こういうこと、好きだったと思い出しました。

失敗してもうまくいっても、おかしくて大笑いばかりして。

すごく効率的に汗をかいて、一時間ぴったりで終了。

これは、すごくいいもの、みつけたですよ。

これから、なるべく無理してでもちょっとでも時間とって、できるだけ毎日、卓球しよう

と意見いっちで、
解散。

おうちに帰ると
家人が
早くお風呂に入りなさいと
しつこく連呼

今日のくーちゃんの夕方散歩は、「行かなくていいから!」だって。

(そんなに汗でどしゃぶりのようになってたんですかね)

なんでー

ぶつぶついいながらお風呂にいき

いつものように本をもって入りました

今日読んだのは

タイトルが微妙なので内緒にしておきます
(家でもそのタイトルが見えたらオットがいやな気持ちになりそうなんで、気をつかっている本)


お風呂の中でもお水を1リットルものんで、



これを書き始めたら

テレビにGODIEGOがでてきたので
きゃーとかいいながら
テレビ前にすわったりしてました

さて


ぶどうのサイトは、部分的にオープンしましたが
明日はぜんぶオープンする予定です。



金曜発送の野菜は、
水曜日正午のしめきりです
今週も野菜セットと桃の同梱はできないですが
卵やお米や紅茶や緑茶やらとの同梱はできますよ

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