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ゾンビなぶどう園

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おいおい、ゾンビなぶどう園の写真とってきてどうするの
とおっとに言いたくなる写真ですが、「今朝のぶどう園とってきてね」と頼んだらこんなのがアップされていました。

ゾンビといえば、「カメラをとめるな」を見に行ったのは、
おっとが「おれ時間ない、しごとがたまりまくって時間ない」とゾンビのように言っていた日で、
「じゃ、無理ね、わたしだけいってくるわ」とそっけなく言いましたら
「おれもいく」と友人たちとの映画ツアーについてきたのでした。

行ったら、一番大きな声で馬鹿笑いしているのはオットで。
つれて行ってよかったと思いました。
映画の情報をなんにも入れず、なんにも知らず行くのがよいかと思います。

10代、20代半ばまで(仕事に時間をうばわれるまで)映画と演劇をやたら愛していて、やまほど見ていたときの気分を、久しぶりに思い出しました。
そのころ自主制作、低予算映画で人気を博したものはいくつかありましたが、ここまで突き抜けてなかった。
ある種、今の時代の余裕のなさがうんだ映画ともいえるかも。
余裕がある時代には、でてこないアイデアかもしれません。

関係ないですが、私があの頃好きだったのは・・・・
「星くず兄弟の伝説」「夢見るように眠りたい」「のようなもの」「ヒポクラテスたち」
とかが今思い出せる日本製低予算映画。
星くず兄弟はサントラも出てないのに(たぶん)当時かなり唄えて、周囲を驚かせてました・・・

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ところでゾンビなぶどう園は、ただいま毎日収穫をしております。

農薬散布をやめた7,8年前は、どんなふうになるのか、毎週毎月、ひやひやしていたのですが、
最近はなんにも心配しないで、安心してみていられます。


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きのうは、三年番茶の生産者である川上さんご夫妻が遊びに来てくれました。

ぶどうが大好きだという川上さんが、ニコニコして「おいしいですねえ」と食べてくださるのをみていて、こちらも幸せになりました。

「えぐみとかがないのはなんでなんですか」

と聞かれて、

「肥料をいっさいやってないからだと思います」とおっと。

「肥料をやると大きくなるし、味もよくなるといわれています。でも、どうしても、えぐみとか、苦味のようなものが出てくるみたいですね」

わたしも横から言いました。

「肥料をやって育てたぶどうもおいしいんだけど、ひとつ食べただけで、もういいって思うくらいやりすぎていることがたまにあるんです」

「肥料で大きくすると、農家的にはもうかりますからね」とおっとがいうと、

「うちのお茶も、ほとんど肥料をやりませんが、わかる人にはわかる、といわれます。肥料でつくってないおいしさだと」と川上さん。

「いちばん違うのは、子どもさんとか、わたしとか、ふだんそんなに食べないのだけど、うちのぶどうにかぎっていつまでも手が止まらないとこですね」

じつはきのうは薬の副作用がでて食欲がまったくない一日だったのだけど、
夜、「ぶどうなら食べられるからもってきて」とおっとにもってきてもらったらぶどう食べ怪獣「タベゴン」と化し、
あるだけのぶどうを食べてしまいました。
いつものことですがうちのぶどうだけは、ぱくぱくぱくぱくと、いつまでも食べ続けられるのです。


ぶどうは、人間がつくった果物の歴史のなかで、いちばん古くて、いちばん広範囲につくられているそうです。
つまり、暑さ寒さへの順応度が高い。あるいは数千年かけて行われてきた品種改良の幅が広い。


おじょうさん育ちの真逆をいくうちのぶどう園。
これから先もがんばってくれ。



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がん患者の医者へのかかりかた

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おとといは、3週間に一回の通院の日でした。
朝、6時半に家を出て、8時半に病院につき、血液と尿とレントゲンと簡易CTをとり、20分後には診察室に呼ばれました。

押川先生とお話できるこの日を私は楽しみにしていまして、抗がん剤を入れにいくのに、指折り数えて待ってます。
「それって大丈夫なの~~」と友人に言われるほどですけど、
車の運転が不安な私なので、病院へは残念ながら毎度オットと行きます。

今日は診察室で、がん患者は、医師とどんな話をしているのかをレポートします。
「模範患者はこうするもんだ」という意味で書いてはいないですが、
スパルタ主治医に叩き込まれた患者学が
ひょっとしたら私の小さな頭にもすこしは入っているかもしれません。

>>>>

部屋に入ると、まず、3週間の私の状態をメモしたものを提出しました。

これは普段つけている日記をもとに、受診日の前日あたりに書いています。
先生から「見せて」といわれないと見せないけど、必ずもって行きます。
今日は自分から見せました。今回、初めて痛みが続いたから。
このように副作用が出たことじたいが、この三ヶ月で初めてだったのです。


●口でいうより、紙で見せる効果は絶大

先生「痛いのは前の受診日の朝からだったんですね」
私「抗がん剤いれる前からだって、3週間前にもいいましたよっ! 何回も!」


口でいうより、文字で見せないとわかってもらえないことがあるなあ、と思ってましたが、やっぱりそうですね。
私の言い方は失礼ですが、言うだけじゃ伝わらない。相手が理解できるよう伝えるのが難しい。
先生のおかげで深く理解しました。

●医師には、薬剤名と分量を正しく伝える

先生「オキシコンチンはだいたい一日40mgですか?」
私「自分の状態をみながら、自分で調節しなさいと先生が言ってたから、20mgの日も55mgの日もあります」
先生「(報告書をみながら)毎日変えるのはよくないです。三日は同じ量で続けないと、補助で飲むオキノームとのバランスを見ることができないですから。オキシコンチンとオキノームは内容が一緒ですから意味がない」
私「あ、そうなんだ。それ、わかってなかったです」


上の薬は麻薬系鎮痛剤の名前です。麻薬系鎮痛剤には誤解が多いですが、5月にこれを飲み始めてQOL(生活の質)が圧倒的に向上しました。麻薬系を飲むのは死ぬ直前というのは間違いですよ~

●医師の方針に納得しなければ反論する

先生「これ飲み始めるまで、痛みはどこにありましたっけ」
私「おしりです」
先生「いまは?」
私「痛みが、まったくないです」
先生「今痛いのは、どこがいちばんですか」
私「このへんです」
先生「薬の目的が最初と今とで違うものになっているんですね」
私「言われてみれば・・・」
先生「その痛みは、がんの痛みじゃないかもですね」
私「副作用の痛みですか」
先生「薬の量を百%にして二回目・・・、副作用がこれまではなかったのに強く出ている・・・。二回目で副作用が強くでるってことはよくあることではあるんですよね」
私「今日は抗がん剤を減らすんですか?」
先生「もちろんです!」
私「えー、減らすほどの痛みじゃないから、減らさなくてもいいんじゃないかと思うんですけど」
先生「いや、減らしましょう! 我慢したら治療は長続きしません!」
私「・・・今、ここが痛い理由ってなんなんでしょう?」
先生「わかりません」


私に抗がん剤は無理・・・と信じた3ヶ月前の自分は遠く、いまや抗がん剤に対してイケイケドンドンな私です。
結局、分量を減らすという医師の意見が通過。

●知りたい情報を医師が教えてくれなかったら自分からたずねる

私「腫瘍マーカーはどうでしたか?」
先生「これです(紙を渡す)」
私「うわ~、数値が5分の1になってるじゃないですか(早く言えよ~)」
先生「腫瘍マーカーっていうのは指標にならないんですよ」
私「そうなんですか?」
先生「上がったり下がったりするもんなんですよ」
私「でも、この場合は喜んでいいでしょう?」
先生「あとでがっかりするだけですよ」


主治医は、初対面のときから、楽観的なこと、安易な結論、をぜったいに口にしません。
ちょっとくらいいい気にさせて~と思うけど、
エビデンスに基づく治療(EBM)を正しく世に広める啓蒙活動もしている先生らしいというべきでしょうか。


私が主治医の押川先生に、最初の受診のときに言われたのは以下の二点でした。

【1】 薬の名前は全部おぼえること。これは基本です。

薬の名前って長いものが多いし、めった飲まないものを含めるとたくさんある。無理です。
と思ったけれど、先生との会話の端々で、

「薬をのんだらこうなった」
など、私がイイカゲンなことをいうと必ず、
「なんていう薬ですか。名前でいってください」
と、スパルタ教師のように押川先生から返ってくるので、覚える努力をするようになりました。


【2】 日記をつけて、次の受診のときに報告してください。

病状が一日一日大きく違うので、先生に言われる前から、日記はつけているんですが、
薬の効き方、飲んだ回数、飲んだ量まで正確につけようと思うと、かなりめんどくさい。
一日の終わりにまとめてつけると忘れるので、キッチンカウンターに常置して、飲んだら書く、を実行しています。


今回、上記を書いたのは、これから書くことを書きたかったからです。

先日、国立病院機構関門医療センター(山口県下関市)で、抗がん剤による、起こってはならない事故が起こりました。
ヤフーニュースであがって来たのを読んだとき、
「これが日本の抗がん剤治療のあたりまえだと、また多くの人が思ってしまうな・・・」と暗い気持ちになりました。

その病院でなくなった患者の投薬を担当したのは外科医で、患者に対して5日間で終了すべき薬を39日間も投与したのだそうです。

薬を飲むことで起こる副作用を、患者は果てしなくどこまでも我慢しなければならないと、
患者や患者の家族に思い込ませたのはなんだったのでしょう。

医師と病院に百%の過失があったのは、間違いないですが、
患者と患者の家族に服用している薬の副作用に対し
医師からアドバイスを受けることができるという考えはなかったと思われます。

「先生、これ異常ですよ。いったんテモダールをやめてみたらどうでしょうか」

なんてせりふがいえる患者や家族であれば、状況は変わっていたのではないでしょうか。
いい医者にあたる確率はものすごく低いかもしれないけど、
自分がいい患者(いい患者の家族)になれる可能性はとても高いです。

勉強することができます。本もあるし、ウエブサイトも、講演会もある。

家族が病気になる前に、自分が病気になる前に、必要なことをしっておけたら、
少なくともどんな情報が必要かを知っておけたら、絶対的に予後が違います。
医療費がバカ高いアメリカでは何にお金を払っているかに対し患者はシビアにならざるをえず、
真剣に自分が受けている医療を勉強するそうです(主治医の受け売りです)。


9月1日に主治医が埼玉県越谷市で講演をするそうです。
ともに演台にあがるのは、たいへん有名な方々。
(宮崎県から登壇する押川先生も一部でもとても有名ですけど!)

病院で治療を受けるな、といいながら、すてきなストーリーでファンタジックな病気治しへ導き、
詐欺なお金もうけをする先生がたの情報は、いつでも手に入ります。

でも、この日、ここで手に入るような情報はそうそう手に入りませんので(おそらく)、
少し無理してでも行ってみればいいのではないかと思います。
押川先生は一日中会場にいて、無料でがんの治療相談にのってくださるそうですよ。

イベントを紹介した押川先生のブログ

ところで、
押川先生のいる病院は看護師さんも、押川先生にどんどん異見をさしはさみます。
「先生違いますよ!」的なことを患者の目の前で言う、あるいはカーテンの向こうで電話している看護師をみて、
風通しのいい病院だなあと、感心しました。

テディベアによく似た押川先生だから、看護師さんが遠慮呵責ないのかもですが。

建物の図体が大きいだけの、権威ぶった医師ばかりの病院では、
看護師からの声も上にあがらず、事故が起こりやすいような気がします。

ちなみに看護師さんたちが私のために先生に言ってくれたのは・・・・
「ウチヌノさん、下痢で弱っているから入院が一日長くなっても抗がん剤の投与は明日から始めたほうがいいんじゃないでしょうか」
「ウチヌノさんに、病院の帰りに陶板欲に行ってもいいって言ったそうですね。ダメですよ。体温が上がると薬剤が入るスピードが変わるんですから!」

こういうふうに看護師さんが医師にもの言える病院であれば、山口県の事件は起こりえなかったのではないかと。
そりゃ甘い、周囲の異見を無視するカルチャーこそが問題の根元の一つだ、かもですが。



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吉村医院と安保徹氏の共通点

2年くらい前だったか、友人から妊娠を伝えられて、
「よかったねえ」と祝福していたら、相手は不意に暗い顔になって、
「でも、病院で産むんです」と告げるのでびっくりしました。言葉に驚いたのではなく、暗くなっていることに。
「それが何? いいじゃん、べつに」
と心から言っても、最後まで彼女の顔は晴れやかにならなかった。
自然分娩はマルだけど、病院で産むのはバツだと信じ込んでいるのだと思わせました。


この暗さの原因は、ひょっとしたら吉村医院かなあ、とあとになって気づきました。

2010年、吉村医院と院長・吉村正氏を映したドキュメンタリー映画「玄牝-げんぴん」が公開されました。
河瀬直美さんの監督作品で、私も友人が自主上映をしたときに見ました。
この映画は確実に自然分娩志向の妊婦を増やすのに寄与したと思われます。

自然分娩に対しては、私自身はいいとも悪いとも考えがありません。
高いリスクを無視してするほどのものじゃないから、条件に不安があるならやめたほうが、というくらいのものです。

ところが吉村氏に心酔して自然分娩を選ぶということは、そんな軽いものじゃないらしいです。

以下の出典は「きらきらねっと」だそうですが、現在ではサイトごと削除されており見ることができません。
私がこの引用をみたのは、NATROM氏のウエブサイト


りーべる:今度ってあるかないか分かんない今度ですけど、自宅分娩でもいいかなって思うんですよ。
吉村先生:いいじゃないですか。
りーべる:理解してくれる助産婦さんがいてくれたら…。
吉村先生:だからね、死んだっていいって思やあ、それでいいじゃないですか。
りーべる:ああ、納得。なるほど、そうですね。
吉村先生:子どもが死んでもね。
りーべる:うんうん。
吉村先生:死ぬのはだめ、死ぬのはイカンなんて医者が言っとるでしょ。それは医者が儲けるために言っとる。



上を読んで納得できる人がいるのか、と激しくおどろいたのですが、吉村病院ではそういう人も珍しくなかったようです。
新生児が死んだとき、「死んだっていいって思やあそれでいいじゃないですか」「ああ、納得。なるほど、そうですね」という対話がありえるのか。ところがありえたらしいのです。この病院では。
NATROMさんの著書『「ニセ医学」にだまされないために』(メタモル出版・2014)にも、吉村氏の衝撃的な言葉が引用、紹介されています。これも引用元は「きらきらねっと」で、削除されているため確認ができません。

「自然のものを食べて、自然な心でおって、自然に体を動かしておればツルツルに生まれますよ。みんな、ちゃんと産んだんだ。産むべきじゃない人は死んだんだよね

「人間はね、いらん遺伝子を排除して良い遺伝子だけでね、ずうっと太古以来、続いてきたんだよ。それが西洋医学が入ってきてからそういうのを助ける。助かっちゃいかん命が助かって、また悪い種を蒔いとる



ヒットラーか? と驚く、優性思想ぶりです。
吉村医院では、自然分娩以外で生まれてきた命は、「助かっちゃいかん命」「悪い種」だそうです。悪い種ってなんですか? 吉村氏は2016年になくなっており、もはや訊ねることもできません。


現代医学がこれほど普及する以前のお産は、死と紙一重の、たいへん危険な行為でした。
1899年の10万人あたりの妊婦死亡数は約400人。2016年のそれは4人。
新生児の死亡率は2017年で1000人あたり0.9人で、これは世界最少の数字です。

この数字が達成できたのは言うまでもなく、ほとんどの赤ちゃんが病院で、しっかり管理された中で生まれていることに起因します。もちろん、衛生状態、栄養状態の進歩も無視できない要因です。

私が吉村氏の言葉を読んで思い出したのは、
このブログで以前紹介した安保徹氏のことでした。
かれも放言の医師でした。

安保  そこがみんなわかってない。(中略)がんとの戦いもね、血流をめいっぱい送って、それに伴う発熱、痛みは、出たら甘んじて受けるしかない。すると、熱が下がった後にね、サーッ!てガンが消えるんですよ。(中略)全身転移がある人だと、五~六回繰り返して治ります。
編集 えっ、痛みの後にガンが消えるんですか? 痛みはガンの進行の証拠だと思っていました。何が怖いって痛みの中で死ぬのが・・・・・・。
安保 痛み止めを使わなきゃそうはならないですよ。(中略)痛みがきたらむしろ「ありがとう!」「これで治る、やったー」てなもんですよ。(後略)
編集 痛いと何もやる気にならないし、気分も滅入りますしね。
安保 だからそれは副交感神経の反射で起こるんだから、リラックスの究極なわけ。横になって体を休めなさいということなんですよ。
編集 なんだか、目からうろこが。でも、とても納得できますね。
安保 (前略) がんが治ったという声をあっちこっちで聞くでしょう? もうガンは奇跡でもなんでもなく、当たり前に治る時代です  ガンの患者学研究所発行「いのちの田圃」(2002.10)より



前に書いたことではありますが、安保氏が、疼痛や発熱はがんが治る前兆、「ガンは奇跡でもなんでもなく、当たり前に治る時代」と雑誌の対談で公言するのなら、もうすこし読者の多い雑誌「ネイチャー」か「サイエンス」にでも発表して世界のがん患者を救ってくれたらよかったのに、です。

吉村、安保両氏の共通点は、現代医学に対する徹底した否定と、医師でなければおじいちゃんの戯言ですまされるような根拠のないことを医師の立場を明確にしたうえで、無責任に断言、放言する点です。

オーガニック派にとって、吉村医院の知名度はとても高く、院長の本はこの時期次々に発行されました。
自然療法派にとって、安保徹氏への信頼度は絶大で、監修しただけの本を加えると何十冊という本が発行され、何冊かのベストセラーも生まれました。


こんなにも極端な思想の持ち主である彼らが、多数の人から信頼されているのはなぜなのか。

カギは、こんな言葉のなかにあるような気がします。

自然のものを食べて、自然な心でおって、自然に体を動かしておればツルツルに生まれますよ

この言葉、気持ちいいです。
反論をしたくなりません。

このあとに、

産むべきじゃない人は死んだんだよね

という恐ろしい言葉が続くのですが、それを聞いても「なるほど、納得」と言ってしまう聞き手の気持ちがわからなくはない。なんというか、気持ちよく流されたくなります。

吉村医院で産もうとして産めず、病院に搬送されたのち、子供を出産後三日目に亡くした人のブログがNATROMさんのブログに一部紹介されています。驚くのは、そこに病院や医師へのうらみつらみは一切なく、感謝の言葉しかつづられていないことです。

子供をなくした女性は、肉もたべないバリバリのマクロビオティック実践者で、仕事も夫婦で無農薬野菜などの販売を行っていたそう。
(「吉村医院の哲学」参照)。

NATROMさんも書いていますが、生まれたばかりの子供を自分の哲学(信仰、宗教、このみと言い換えてもいいけれど)で失ってしまった母にとっては、吉村医院を批判することは自分を批判することになり、この厳しすぎる状況でそれは出来なかった、と考えるのが妥当かもしれません。自分を批判しないために、感謝する……。

自然のものを食べて、自然な心でおって、自然に体を動かしておればツルツルに生まれますよ

という言葉の後半をちょっと変えると、がんの自然療法サイトなどで、よくみる言葉になります。

自然のものを食べて、自然な心でおって、自然に体を動かしておればがんは治りますよ

実際、安保氏の主張はほとんどこれと重なります。
彼が掲げた「がんを治す四か条」は、生活パターンを見直す、がんの恐怖心から逃れる、三大医療を受けない、入浴や爪もみで副交感神経を活性させる、です。
いうまでもなくそんなものでがんが治るわけがないですが。

そもそも自然であることが正しく、自然でないものが悪だとする考えの根は何なのでしょうか?

そんなことを考えているとき、読んでいた本のなかにこんな言葉をみつけて、膝を打つ思いがしました。


「日本の場合、自然科学は善だという感覚はないと思うんです。
むしろ科学技術は必要悪とみなされている。
本来、自然はいじってはいけないものだけど、便利でうまくいくのであればそうさせてあげよう。」


森達也氏(作家)との対談(『私たちはどこから来て、どこへ行くのか~科学における「いのち」の根源を問う』/筑摩書房) における、竹内薫氏(サイエンス作家)の言葉です。

自然科学に善悪などあるか、と思う人もいるかもしれませんが、
日本には確実にあります。特に、2011年の東日本大震災以降、この感覚が出てきました。
今たくさんの日本人が「自然はマル、科学(人工的なもの)はバツ」という考えにまとまってきている。

少なくとも「アトム(原子の意味)」という名前の漫画のキャラクターが登場した時代には、その思想は大衆的ではありません。
化学調味料という名称はメーカーが自らつけたそうで、「化学」がよいもの、進歩的なもの=よいもの、という思想が時代の空気だったことをうかがわせます。


吉村氏や安保氏がいくら暴言を繰り出しても、批判につながらないのは、
なにもいじらなくていい、そのまま、自然のままでいいという思想が、時代の気分にマッチしているからではないでしょうか。

「自然のまま」という言葉の延長線上に、「治療しなくていい(切開してまで取りあげなくていい)」、「現代医学などいらない」が並んでいます。

1980年代、忌野清志朗のコンサートにはピンクや水色の孔雀のようなカラフルな化粧と衣装で行くのがお約束でしたが、それはその時代とあっていたので、誰も「そんなのへんだ」とは言わなかった。
肩パッドが体型をよいバランスに見せると信じられていたので、どんなごつい肩パッドにも「それは変だ」と思う人はいなかった。

日本人は同調圧力に弱いとよく言われます。一定の数を超えた意見にはくるまれてしまいたい。友人たちと同じ意見をもっていることが快感だし、時代の空気から外れた意見やこのみをもつのはリスクです。

2011年以降の時代の空気は、「自然」礼賛です。
2011年以降、「自然」と同じくらい、「天然」「オーガニック」等の言葉も目にする頻度が急増しました。

普通の言葉だった「自然」という言葉が、豊かで心地よく響くようになったのは、今、多くの人がそれを求めているから。
なぜそれを、今、求めるかといえば、

東日本大震災のあと、
科学の最先鋒である原子力発電に対する処置にごまかしや隠蔽があったこと、
唯一の被爆国でありながら、原発事故の責任も明確にできない国家への絶望やジレンマ、
そうしたものからの反動・・・といえるような気がします。

科学は必要悪、できることなら使わないほうがいい、という考えは、日本人のアニミズムと関連があるのかもと少し思ったのですが、そうではないですね。日本人がこれだけ集団で科学を嫌うようになったのは、歴史上はじめてのことだと思います。
原子力への不信に端を発し、大きく広まっていることは疑いようがありません。
そもそも科学が日本に入ってきたのは明治時代のこと。日本で科学の歴史は浅いのです。
サイエンスの訳語として科学があてられたのは、科目がたくさんあるからという理由だそうです。


かくいう当園も、錦「自然」農園を名乗っております。
2002年にこの名前をつけたオットに、自然農や自然栽培への憧れや尊敬はありませんでした。
そんな言葉を聞いたことがあったかどうかさえ疑わしい。
自然豊かなところで農業しているから、くらいの意味でつけた名前です。
自然栽培で作物を作り、自然農や自然栽培で作ったものを販売しているのと、名前に関連はありません。

自然療法が悪いわけでも、自然栽培が悪いわけでも、自然分娩が悪いわけでもありません。

「自然」というワードが、無条件にヒトをひきつけるパワーワードに成り上がったおかげで、
自然治癒、自然療法をキーワードにする場所では、高い確率でいんちき商法が行われています。
安保氏もそういう商品説明や講演会でずいぶん名前をおみかけした時代がありました。

現代医学を否定し、医療行為を否定しながら医学を語る安保氏と同じことは、誰にでもできます。

安保氏と同じく、医療行為はしないけれど、医療に非常によく似た言葉(病気が治ると示唆したり、それは好転反応であるとなぐさめる)を弄する人がネット上にたくさんいます。

販売者であることを表にださず(出しているけれど目立たせず)、
「標準医療は効果がない」、「病院にいかなくても病気は治る」、「自然のままで」「自然がいちばん」などなどの
心地よい言葉を用いて健康や治療についての情報を流布するSNSで、
信者(=購入者)から「先生」とよばれ、
根拠の薄い健康食品の、または治療法のセールスをする人は本当にたくさんいるのです。



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2018年の桃の収穫が今週で終わりそうです

昨日メルマガでもお知らせさせていただきましたが、
今季の桃の収穫が今週で終わりそうです。
日曜までするかもしれませんが、数は一日数箱レベルだと思います。


今年は収穫にも発送にも、ツマはまったく関与しなかった初めての夏でした。
最多忙期はスタッフに手伝ってもらったけれど、ほとんどはおっとがひとりでやりました。

受注メールを出すのも、発送メールを出すのも、お問い合わせにお返事を出すのも彼が。
すごいなあ、よくできるなあ、といいながら、見ているだけのツマでした。

「今年はどれくらい送れない人が出た?」とおっとに聞きましたら

「うん? ほとんどおらん」

「うそ! ほんとに?」

「ま、5人くらいかな」

「すごいじゃん・・・・(感動している)」

毎年桃のご注文は6月末に打ち切っているにも関わらず、
ものすごくたくさんの「ご注文を受けながら、お送りできない」人がでてしまいます。
今年はご注文を止めるのを忘れてしまい、7月の数日受けてしまいましたが。


それがたったの5人とは。
ほんとにすごいなあと、私はその後しばらく黙り込んでしまうくらい感動していました。


ご注文を受けながら、お送りできない、というのは、
こちらにとってはものすごいストレスです。
だってすごく長くお待たせして、あげく送れないと聞かされるのがどんなに不愉快かは、十分に想像できますから。

だから私は自分があとで、「おくれませんでした、ごめんなさあい!!」とメールを送るのがいやさに、
「早く注文を止めようよ」と6月の半ばくらいから、そわそわしぱなしです。

こういうときに性格の違いが出ますね。
オットは必ず、「まだ大丈夫!」と言い張ります。
これは男女差かもしれません。

その時期(6月)というのは、収穫が絶好調の時期。
今年はいけるぞ、高温障害や台風通過など、悪いことなんかこの先起こるかあ!
っていうイケイケのメンタリティが
「早めに注文とめましょう」という弱気なツマの声を吹き飛ばすのです。

だがしかし、結果はつねにやっぱりどうしても、ツマの不吉な予告どおり

受けた注文数>実際に送った数


だけど今年は5人なのね・・・・畑の好調さはほんものだったのだわ
おっとは私のいうとおり、少しだけ送る桃のセレクトのしばりを弱めてくれたのだわ


ところがです。
話を聞いたあと、家に帰ってみたら、5人なんてとんでもない。
その何倍もの人に、やっぱり例年どおり、たっくさんの人にメールを出さないといけないことが判明。


いいようにしか考えない
悪い想像はしない
というおっとによって
私は午後の数時間、いい気持ちでいられたので感謝したほうがいいのかもです。


毎年そうなのですが山育ちの桃(ワケアリ品のこと)は、
7月を最後に、どんどん数が少なくなり、
8月に入ると一日に1箱がやっとできる、という少なさになります。

なぜワケアリ品が一日1箱しかでないのか?

驚かれるかもしれませんが、ワケアリ品といっても、
発送するものを決める際の選別で、「おいしくない」とわかるものは入れない

というおっとの中に強力な線引きがあります。
それと、「今はいいけれど、二日後には中の茶色がもっとひどくなる」
というのもはずします。
このふたつのおかげで、
収穫までこぎつけても、発送するのはその半数しかなく、
ほとんどすべてが捨てるか自家消費になってしまうわけです。

中が茶色くなるのも、この時期の桃にとっては、完全にゼロにすることはできないものですから
ある程度のものはお送りしています。
茶色くても味は損なわないという考えからそうしています。

山育ちの桃をご注文された方が、もっともたくさんお送りできない結果になりました。
申し訳ないです。

うちの桃は、6月がいちばん量も味も安定していますので、
ご注文はどうぞ、5月にしていただければありがたく存じます。

来年もどうぞよろしくお願いします!!



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ラフティング初体験☆飛び込み初体験

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ここにわたしはいるのですが、見えませんね~


球磨川でラフティングをしてきました。

去年の暮れにセドナからグランドキャニオンにまわったとき、
コロラド川のラフティングの映像を劇場の大画面で見まして
そのときからなんとな~~く、ラフティングにココロが惹かれていたのです


ラフティングとは激流を川下るスリルを楽しむものだと思いますが、
コロラド川の映像をみて惹かれたのも、もちろんそれだったのですが、
実際にやってみれば、激流のスリルの楽しさは私にとっては「つけたし」みたいなもので、
ほんとうにおもしろかったのはそれ以外のことでした。


なにがおもしろかったかといいますと、
川岸の岩を登って、そこから5m位下の川面に向かって飛び込むこと。

はあ? ってかんじですね

ラフティングツアーに参加して(8~9名のボート3台で川をくだります)
「この上から飛び込みたい人、のぼってくださーい」
といわれ、よく考えもせず岩をよじ登ってしまったら、
あとは船に帰る選択肢は飛び降りるしかなかったということです。


岩の上にいる人が多すぎて視界がさえぎられ、私が川面とようやく対面できたのは(川面を初めて見下ろしたのは)、
いよいよ飛び込む順番がわたしにまわってくる1分前くらいのこと。

見てびっくり。

なんと! 高いじゃないですか!


高いところから飛び降りるっていう行為、小学校低学年までは率先してやるほうだったのですが、
10歳以降、そういうことをまったくしてない。
こういうときは思考を停止させるしかありません。考え出したら手も足も動かなくなりそう。


飛び込んだ勢いで全身が一度は水没しますが、ライフジャケットを着ているのですぐに浮かび上がります。
沈むとき少しだけ鼻に水が入りました。
とてもしあわせでした。
怖がる自分をふりきって宙に足を飛ばせた、その瞬間、
いってみれば日常のじぶんを超えたっていうか。

たぶん、水中から頭が川面に浮き上がったときから、
顔が勝手に笑ってしまって、ツアーが終わるまで幸福感120%だった理由って、それかなあ。

わたしのすぐあとに、オットが飛び込みました。

結婚から8年。
アウトドアにおいて、何をやっても、これまでヒョイヒョイとこなしていると
私に見せてきたオットがなんと、
飛び降りることができず、岩の上でじとっと時間をすごしています。

あらあ、びびってますなあ♪

なんて、川面を漂いながら余裕で見ている私でありました。
私だってめちゃ怖かったのですけど。
こんなに怖い気持ちを味わうこと自体がひさしぶりで新鮮でした。

思えば、怖がる経験を最近してなかった。
なぜかって、基本が「注意してくらしなさい、お病気なんですから」というモードでここ2年ちかくやってきたから。
「おだいじに、おだいじに」でやってきたから。
知らないうちに一歩じぶんを引かせる習慣が身についておりました。

怖い、って未来への信頼がおけない状況ででてくる感情。
岩から飛び降りるのがそんなに怖かったのなら、
急流下りそのものも怖がってもよさそうですが、これまでうまくいってるから大丈夫、
と未来への信頼百%。いやここは、ガイドさんへの信頼百%というべきか、全然こわがれません。

怖がる気持ちがないと、水しぶきが涼しくていいなあ、くらいのもので、
自然をなめてしまうというか、ディズニーランドで遊んでる気分になってしまいます。
よくできてるなあ、と球磨川の自然に対して感心してしまいそうになりました。

川下りの時間はトータルで2時間くらい。
時間の半分くらいは、ボートをおりて、川の中で自由にしていられました。

オットがラフティングでいちばんよかったと言っているのは、この時間でした。

ツアー客の8割は20代と見える人たちで、きゃーきゃーと楽しそうに水遊びをしていましたが、

私と友人とオットのラフティング初体験・中年3人組は、

なんだこの気持ちよさは・・・・・・

と内心うなりながら、川面をラッコのポーズで、ゆるゆると流されておりました。

水量と水深のある川をこうやって泳ぐことは、オットと二人ではできません。
水難事故にまっしぐらです。

でもガイド付きのツアーだから、
安心して流されていられる。
川を流れる木の葉になれるわけです。

あまり熱心に木の葉になりすぎて、気がつけばツアーのボートと遠く離れてしまってあせる
というシーンもありましたが、
ガイドさんがすぐ拾ってくれるので、怖がるに及びません。

年に一回くらい参加してラッコになるのはいいかもなあと
思いながら川から帰りました。
お世話になったのは友人が主宰するコンパスという会社。
また、よろしくお願いしま~す。


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がんとお金

「周りは全員、私のこと死ぬって思ってましたね」

いきなりこんな言葉からお話をはじめられたのは、
「再発ガンを治した人がいる」と人に紹介されて、お話をうかがうためにお会いした女性。
乳がんから肝臓に転移したがんを、抗がん剤治療を8年もやって治し、十年経過されていました。
アクセサリーをたくさんつけたおしゃれが魅力的な、ピカピカお肌の60代半ば。
杖がないと歩くこともできず、周囲の全員から死ぬと思われていたヨレヨレ時代の話をうかがっても
そのお姿を想像するのはちょっと難しかったです。

彼女に会った1年以上前の時点では、チラリとも思わなかったのですが、
最近思うようになったことがあります。
病気で働けない、一人暮らしの彼女が、抗がん剤代金の月4万円を
8年間払い続けるというのは、本当にたいへんだったろうなと。
ざっと計算して400万円・・・。

思い返せば、お会いしたときも、そのことはけっこう力説されていました。
「月4万円はきついですよ」

と、いわれましてもですね。
再発がんを治したことのすごさに気をとられ、
治ったんだからお金なんかどうでもいいでしょう、くらいに思っていました。
今考えると、実際どうやって払っていたのかお聞きしたかった。
生活保護を申請できる気がしますが、それはしてなかったようですね。
生活保護世帯は医療費がただになります。


高額療養費の自己負担限度額という制度のおかげで、
何百万円の手術を受けようが、何千万円の抗がん剤を服用しようが、
所得に応じた金額しか払わなくていいというのは、ものすごく恵まれていることですけれど、
それが何年も続くというのは、負担にならない人のほうが少ないでしょう。


20年前だったらこういう問題はそれほどなかったらしいんです。
抗がん剤は、今ほどには進化しておらず、
治らない人は、それほど時間をかけず、死んでいったから。


でも前にも書きましたが、
今のがん治療は、「治す」より「延命」に的を微調整しています。
副作用を効果的に抑える薬が次々に開発され、
抗がん剤治療に耐えやすくなり、
がんを百%消してしまう、という効果をのぞめなくても、
患者のQOLをキープしながら、部分的な改善を長期にわたり継続させる、
それを目標に治療するケースが増えています。


高額療養費制度は、具体的に以下のようになっています。

●標準報酬月額83万円以上

252,600円+(総医療費※1-842,000円)×1%
140,100円(4回目から)

●標準報酬月額53万~79万円
167,400円+(総医療費※1-558,000円)×1%
93,000円(4回目から)

●標準報酬月額28万~50万円
80,100円+(総医療費※1-267,000円)×1%
44,400円(4回目から)

●標準報酬月額26万円以下
57,600円
44,400円(4回目から)

●被保険者が市区町村民税の非課税者
35,400円
24,600円(4回目から)


少なくともうちの場合、この金額を払い続けるのはたいへんですよ。
病院が遠いから一度の通院に必要な経費はけっこうあるし。
私、8年前、熊本に移住したのですけれど、
その年に病院のかかりかたについての本を書きまして、
たくさんある項目のひとつとして「がん保険には入ったほうがよいのかどうか」というのをたてました。
踏み込んだことは書いてませんが、入らなくてもいいという方向でおさめました。
上記の制度でたいていの治療はまかなえるし、まかなえないときは死しかないし。
今考えると、近藤誠さんの影響を受けていたかもしれません。

じぶんががんになって意見が変わりました。
「がん保険は入ったほうがよい」なあと。
がん保険が必要なのは、治療が長引いたときです。
治療は長引く傾向にあります。
それは患者にとって朗報のはずですが、
一家の稼ぎ頭ががんになったら、かなり厳しい話になります。
一ヶ月数万円の治療費が払えないという理由で
泣く泣く治療を終了させる人は、今後増えていくでしょう。

十年ほど前に、友人のご主人ががんで亡くなりました。
自営業者だったご主人ががん保険に入っていてくれた恩恵は、絶大だったそうです。
がんがわかったその日から仕事ができなくなり、収入の道が完全に断たれても、
都会のがんセンターで治療ができ、友人はご主人の看病に百%の時間を使うことができた。

ウチで、もしがんになったのが私ではなくオットだったら?
がん保険には入ってないですから看病そっちのけで私が働くしかありません。
家計、というより人生が破綻しそうです。


がんは、早期発見して、早期治療すれば、さっさと治るケースがたくさんあります。
お金もかかりません。
それは、つねに頭においておいたほうがいいと思います。
近藤誠さんが「がん検診はむだ」とか「早期治療はむだ」とかいってますが、
あれはカンペキな嘘、あるいは誤解です。
早期治療ほど治癒率がたかくなっています。

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(グラフは押川勝太郎氏作成のものを拝借)


私の場合、大腸のいちばん奥にできたがんだったので、
便の検査をしても潜血反応が最後の最後まで出ません。
大腸にカメラを通して初めて発見されました。
ということは、便の検査のみに頼った大腸がんの検査は、信頼が置けないということです。
百%信頼がおける検査ができないなら、便の検査などやらないほうがましで、
2年に一回でもカメラで検査するべきと思いますけど、
便の検査だけでみつかるがん患者が膨大にいるのと内視鏡検査費を自治体が負担できないという理由で
状況はこのまま変わらないでしょう。
☆追記☆大腸の検査は5年に一回または10年に一回が推奨されています。
要は45歳をすぎたら一回はやっておく。ポリープなどがあれば検査回数を増やせばいいのでしょう☆☆



コジラセると、それなりのお金がかかるのががん治療。
標準治療をうけず、クリニックで代替治療や統合治療に寄り道しているうちに
コジラセてしまう人は多数いらっしゃいますので、
高濃度ビタミンC治療や温熱療法、ホルミシス療法、ケトン食療法、エネルギー療法、免疫治療などなどの効果があやふやなものにお金をかけないほうがよろしいですよ。
初期ほど、そんな気持ちになるのは体験者としてよおくわかりますけれど。

どれだけ治療が長引くかわからないのに、余計なことしている余裕などないのです。
まっすぐ、世界基準の最新医療がバカみたいに安く受けられる日本の標準医療のドアを叩きましょう☆
医者が無礼だったり無能だったりしてもあまりある安値の恩恵をたっぷり受けられるのは、
早期発見、早期治療こそですよ♪





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抗がん剤の副作用とのおつきあい☆

薬のせいだと思いますが、この一週間、毎晩夢が濃かった。

ある夜の夢は、

見知らぬ男性(60代くらい)から、「ミニコミ誌をつくりたい」ともちかけられました。
それもタブロイド版で、宅配で。
こんなかんじ、と彼が見本を見せている。
「こんなにページがあるんですか?」と私がいうと、
「いや、もうすこし増やしてもいいんだけど」
「そんなの時代にあわないし、誰も読まないですよ」
男性はおもしろい記事がいっぱいのっていれば、読む! と私を説得しようとしている。
そんなの無理だし、と頭の中で思いながら、男性に資金が潤沢にあることがわかり、
ミニコミ誌という言葉自体何十年も聞いてないよ、と思いつつもおもしろくなってきて、
頭に浮かんだ編集企画をその場で次々と彼に伝えはじめる。
彼は目の色を変えて食いついてくる。
企画の内容は全く覚えてないけど、自分の話している企画のおもしろさに
夢を見ている自分が大興奮していました。


という夢のまっさいちゅうに、オットに起こされました。

「だいじょうぶ?」

病気になってからオットと寝室をわけました。
トイレが頻繁だったりするので、彼の睡眠を阻害して仕事に支障をきたすのはよくないと思いまして。

楽しい企画に興奮している夢の中の私とはうらはらに、
現実の私は、もう何時間も、おなかが痛くて痛くてずっとうなっていました。
うなり声を聞いて、彼が二階から降りてきたんだとすると、
隣の、義母の寝ている部屋にも声が届いた? という懸念がまず頭に浮かんだこと。
(大丈夫だったみたい)

抗がん剤治療を始めて3ヶ月たちましたが、
副作用がほとんどないのに、腫瘍が縮小していて、ラッキー☆
なんてはしゃいでいたら、急転直下の副作用攻撃がやってきたのがその5日くらい前からでした。

痛み止めに飲んでいる麻薬があるのですが、何を飲もうが全然効きません。
食べられないし、寝たり起きたりで、外にも出ていませんでした。

夢を見ていたときは、その痛みが最高度になっていたときで、
うなっていた声が二階の彼にまで届いたのか、と驚いたけど、それよりもっと驚いたのは、
かれがそうやって部屋に入ってきて、私の枕元で心配そうな顔を見せたら
途切れなく続いていた痛みが、すぱっと和らいだこと。

「今なんじ?」
「4時」
「あ、じゃあ薬のめる。もってきてくれる?」


痛み止めの薬はのべつまくなし飲むことはできず、一定の時間をあけないといけません。
痛み止めが切れるまでは痛まず、切れると痛みだす、を繰り返していました。
私は薬が飲める時間をずっと待っていたのです。

そして彼が部屋を出て行ったとたん
痛み再開。

う? なにこれ、偶然?
彼がすぐに戻ってくればいいのに、戻ってこないものだから、
「はやくうう、なにしてんのよお」
とドアあけて呼びました。

そして彼が「トイレいってた」といいながら、薬を手に部屋に戻ってきたら
即座に、痛みがまた和らいだのです。

これは偶然じゃないなと思いましたが
それをクチにする余裕がありません。とにかくいたいんだ。

薬をのんで、水を飲んで、ちょっと落ち着きました。かれが心配そうに見ています。
私は無言で水の入ったグラスを手にもち、少しでも楽になれる体勢をさがしながら座っていました。

「なにかオレにできることある?」
おっとが私の手をとりながら聞きました。
「そこにいるだけでいい」

まるでラブロマンスなせりふですが、痛み止めとしてそこから動くな、という意味でして。

薬が効いてきて、やっと少し眠れたのは朝の6時を過ぎてから。

「あなたがいると痛みが減る。まだ一緒にいてくれる?」

またもやラブロマンスなせりふですが、そろそろ畑に出ないといけない時間なんです。
だけど、もうちょっと痛み止めには一緒にいてもらいたくて・・・・・・。


痛みはこのときがピークで、こうやってブログ書いたりもできるようになりました。
痛みを抑える麻薬の量を大幅に増やしたせい、
自分で痛みのコントロールがある程度できるようになったおかげにすぎませんが。


抗がん剤の副作用は、いろんなものがありまして、何百種類もの可能性があるそうです。
私が処方されている薬が引き起こすかもしれない、いちばん怖いヤツは小腸が破れるってやつです。
書くのも怖いです。
同じ薬を処方されて、吐き気や下痢で苦しんでいる人もいるそうですがそれはない。
痛いだけ。
薬とおっとの存在で抑えられるレベルの私の副作用なんて、楽もいいとこです。

前も書きましたが十年前にわたしの薬は死者続出で「悪魔の薬」と週刊誌に書かれたそうです。
副作用を抑える薬がその後開発され、認可されたおかげで、私は
モリナガのクッキーを食べながらPCに向かっていたりできてるわけです。

でも、術後にうけた術後補完療法としての抗がん剤は、しんどかった。
生きているのをやめたくなりました。
あれを一週間でギブアップしなかったら再発しなかったのかなあ、と考えることもありますが、
大学病院の外科医からおざなりに処方されていたあの抗がん剤治療で、
続けるのは無理だったですねえ。
同じことでも、今の主治医にやってもらえていたら続けられたと思います。


処方の仕方を微調整してくれる、という技術的な意味だけでなく、
主治医から電話やメールをもらったり、入院時に部屋にきてもらったりすると、
具合がすぱっとよくなることが何度かありました。

お友達からのメールや電話で痛みがなくなることもあるし、
じつは私の場合、こういう推敲もろくにしない、適当な文章を書き飛ばしていると、痛いのが消えることも。
このごろブログの更新が多いのは、書いていると痛みを感じないことが多いと気づいたから。
ソファに座って本読んでるだけだとそれがどんなにおもしろい本でも痛くなるのにな。


気分で消える副作用なら、イタタタタといいながら外に遊びにいくほうがいいのかもしれない。
今日もBBQに誘われて、行きたいと行けないのハザマにいましたが、
イタタタタといいながら出て行くには、あと一歩勇気がでなかった。今後の課題です。





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抗がん剤とマスタードガスの本当の関係

抗がん剤はマスタードガスという化学兵器から作られた!

ずいぶんけたたましくネットで喧伝されていますが、それの何がひどいのやらわからないです。

漢方薬は正しく使えば体を癒し、使い方を間違えれば死に至らしめるものが普通にあるし、
うこん、青梅など、薬にもなるけれど使い方を間違えれば毒になる植物はありふれています。
毒と薬の関係は表裏一体。16世紀の医師パラケルススはいいました。
「あらゆる薬は毒が変装したものだ」


マスタードガスにがんを治す成分が含まれていることが発見されたのは、偶然のできごとからでした。

第2次世界大戦中の1943年、イタリアに停泊していた連合軍はドイツ軍に空爆されました。
船の中には、ドイツ軍への報復用に極秘に用意していたマスタードガスがなんと70トン。

爆撃によってマスタードガスは町中に広がり、乗組員だけでなく、港の周辺にいた住民たちが
ガスを吸い込み、最終的に数ヶ月で千人近くも亡くなったそうです。

空爆の直後、傷ついた若いアメリカ人兵士たちは毛布でくるまれ、温かい紅茶がふるまわれました。
おかげでマスタードガスは兵士の身体に付着したままとなり、
善意にくるまれて多くの若者が命を落としました。

その後、現地に派遣された調査員が惨事を生き延びた人たちの血液を調べたところ
彼らの血液には、白血球がほぼないことがわかりました。

じつはそれより20年以上前にもマスタードガスが白血球を減少させることは報告されていたのですが、
当時は誰も、

「白血球をなくす作用があるなら、白血球が増殖し続ける病気である白血病を治せるのでは?」

と思わなかった。
マスタードガスは骨髄の白血球を「特異的」に「標的」にして攻撃してくれる。
それは今に続く抗がん剤の開発の原点。
「手術」と「放射線」のみだったがん治療の世界に、「薬」という新しい選択肢が生まれた瞬間でした。


当時、もっとも死亡率の高いがんのひとつだったリンパ性白血病患者を救うかもしれない。
2,3歳の女の子が発症から三日でなくなってしまうこともある急性白血病を救うことができるかもしれない。
研究者が盛り上がったのはいうまでもありません。

それだけに、50年代、60年代にかけて行われた治験は相当に壮絶だったようです。
いったんはよくなっても薬剤耐性がついて再び悪化し、そして死んでいく患者が多い。
それでも、三日で死ぬよりはいい。
遠い病院に子供をつれていき、我が子の苦しみに寄り添う親たちの目は
常に涙でぬれていたといいます。
あるものは延命し、痛みが緩和されました。
元気になって退院していく患者もありました。
60年代の治験で小児ガンを治し、今60歳代になっている人もいます。
黎明期の抗がん剤が達してた水準は、まるきりひどいものばかりではなかったということです。

マスタードガスをヒントにして生まれたアルキル化剤(薬剤名シクロフォスファミド、メルファラン)は、
現在も使われています。

こうやって新薬に挑む医師たちの試行錯誤や失意や小さな進歩がわずかずつ積み重ねられ、バトンが継がれて、
今私が受けている医療につながっている。ものすごくありがたいです。

いま白血病はコントロールしやすいがんのひとつです。
一口に白血病といっても種類が多いので、すべてがそうではないですが。

マスタードガスで、白血球が減ることに気づいた人がいた、それを薬にするまでに研究した多くの医師がいた。
おかげで、1950年以降、白血病の患者が治りはじめた。
すばらしいことですね。


抗がん剤のなかには、「土壌菌」から偶然成分が発見され、製剤化されたものもあるそうです。
こういうものはけっして話題になりません。
土壌菌で抗がん剤つくったって、悲劇性がないですからね。
熱帯の木でつくったものもありますけど、ダメですよね。
オーガニック抗がん剤、いかがですか? なんて(笑




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抗がん剤の副作用に苦しんでいない人は多い

農園の仕事から身を引いて半年が過ぎました。
仕事が好きでしょうがない人から仕事引いたら何が残るの?
と思っていましたが、仕事をやめるやいなや病人の日々が始まりました。

再発したがんを自然療法で治そうと思えど、
とにかく貧血がひどくて立っていられない。
痛みが一日の半分くらい続くので、寝ているしかない。
病人の坂を転げ落ちていきました。

マクロビオティックの先生のところに行き、
食事の処方箋をいただいても、勧められるものは食べたくないものばかり。
ワガママではなく、食べたくない=食べられない。

そうこうするうち小学生のときの体重に40数年ぶりに戻り、
痛みの時間が毎日長くなっていく。

笑いが免疫をあげ、病気を治す、と聞きかじってきたオットから
「笑える動画を探してとにかく笑え」と怖い顔して厳命され、
落語や漫才をさがし、ドラマや映画をさがして寝床で見ている日々にであったのが、
現在、主治医になっていただいている押川勝太郎先生の動画でした。

押川先生のことは前にも書いたので、繰り返しませんが、
押川先生とメールのやり取りをへて、
主治医になっていただくことをお願いし、抗がん剤治療をスタートしたのが5月。

抗がん剤は副作用が強くて、私には無理。
一度の経験でそう思い込んでいましたが、
押川先生との話し合いできめた抗がん剤は、
私にはほとんど副作用がなく、週を追うごとに痛みが消えてゆき、
抗がん剤をはじめてから一ヵ月後には、ほぼ平常の暮らしが送れるように。

抗がん剤が効いて、腫瘍が小さくなるにしたがい、鎮痛剤の使用量が減っていき、
できないはずの手術ができる可能性も見えてきて、
抗がん剤をはじめて2ヶ月後には、
抗がん剤をはじめる前のあの希望のなさと真逆の場所にいました。


すべての抗がん剤を使っている人が副作用に苦しんでいるわけではない。
これはがん患者には、よく知られている真実です。
抗がん剤を使いながら会社勤務を普通にしている人は、たくさんいます。


メディアには「抗がん剤の副作用はつらい」という断定が日々流され続けています。
正しくは、「抗がん剤の副作用がつらいかどうかは人によって違う」なのに。

副作用を軽減する目的で開発された薬の進化はめざましく、
こわごわ抗がん剤をやってみたら、意外にも楽で驚いた、という患者は増える一方です。

このへんの事情は、がん患者に聞けば珍しくもない話ですが、
メディアにはまったくのりません。

メディアにのるのは、抗がん剤で苦しんだあげくに亡くなった芸能人の話と
抗がん剤で苦しんでいる人がでてくるドラマや映画。
抗がん剤のイメージの悪さもあって、「抗がん剤をやっています」「やっていました」ということを
自ら話す元患者や患者はめったにいませんから、抗がん剤のイメージの悪さが変わることもなく、

結局聞こえてくるのは
「がんで死ぬのではなく、抗がん剤の副作用で死ぬ」とか
「抗がん剤だけはやめなさいとか」
誰かが言ったのを、無邪気に拡げている人の声ばかり。

これはじつに、殺人罪に該当するくらい罪深いことです。


抗がん剤を拒否して、自由診療のクリニックに通っていた人が
がんを悪化させてしまい、
「病院にいけ」と放り出されたケースはよくあることだそうですが、
最近、身近な人がそんな目にあいました。

放り出した医師は、「抗がん剤の害」を自分のクリニックのホームページに書いていて、
典型的な「標準医療を否定して、客引きをしているクリニック」だとにらんでいましたが
大当たりでした。

ある人は、
自然療法の自助グループに情報を求めながら、がんを治そうとしていました。
しかし、痛みが悪化して困り果てて情報を求めても、
がんによるひどい痛みを緩和してくれる自然療法を教えてくれる人がいるわけもなく、
「そんなにしても治らないのはよほど心の病が深い」といった言葉まで浴びせられ、
ようやく自然療法と縁を切り、抗がん剤治療を始めました。

「抗がん剤の副作用が怖かった」とその人は言いますが、
抗がん剤の副作用がひどいことをメディアが言い過ぎている功罪とは、こういうことです。

がんによっては、とんでもないスピードで悪化するものもあり、
自然療法に寄り道すること自体が自殺行為であることもあります。
(ほとんど知られておりませんが)


また最近、「抗がん剤治療をしていた頃は、5年生存可能性はゼロだったけど、15年生きている」
という人にあいました。
その人はふだん、
「実は自分はガンでこういう治療をして、何年生きていて」なんて人に話すことはないけれど、
私がこういう局面になったから、はじめて話してくれたのでした。

普通の人は、がんになったことも話しはしないし、
抗がん剤治療をしたことなど、かなり親しくても話さないことが多いです。
すべては、抗がん剤のイメージが悪いせいです。


私がなるべくがんのことを話そうとしているのは、
抗がん剤についての誤解をしているために、
痛い思いをしている人や、
抗がん剤に対する偏見や恐怖をあおる言葉に接したために、
治療の機会を逸し、治るがんを治らなくしてしまう人を減らしたいからです。


がんの情報に耳をすませていると、毎週のように新薬が認可されているニュースが流れてきます。
それはアメリカで認可された、にすぎないこともあります。
日本で使えるのがいつになるかわからないけれど、
延命していけば、状況が大きく変わる可能性があるのだとわかります。

がんだけは30年たっても治せるようにならない、というアメリカの研究者による悲観論があります。
がん治療が今向かっているのは、
一生薬を飲まないといけないけれど、薬を飲んでいるかぎり普通に生活できる、という
糖尿病や喘息、高血圧のような病気(慢性病)になることです。

薬を一生飲まないといけないけれど、寿命は延ばせている
そういう人はすでに、たくさんいます。


抗がん剤でがんは治らない
と言うと、抗がん剤治療をする意味がない、という受け止め方をする人が多いと思いますが、

同じように、
糖尿病は治らない 高血圧は治らない、ともいえるのです。
薬を飲み続けることで、治せないまでも、すこやかな日常をおくっている
糖尿病患者を否定する人はいません。
がんも同じく、薬を飲み続けることで、寿命をのばせる病気になろうとしています。


がんのことを知らない人が、
がんになった人に「抗がん剤はやめたほうがいい」というのが犯罪的だというのは
言いすぎではないと思います。
(何人もの人に私は言われました)


自然療法を志向する人たちは、とかく病院=悪と主張します。
怪我で受診するのはいいけれど、
病気で病院を受診するなんてとんでもない、と喧伝する人が多いのです。

自然療法でがんを治す人が偉い、という思い込みの熱が強すぎて、
病院に行ったら負け、とでも言われそうな空気です。

自然療法も正しいし、
現代医学が何十年もかけて、積み上げてきた蓄積の恩恵を受けるのも正しい。
そう思えないのはなぜなのでしょう。


イギリスのロックバンド、クイーンのフレディ・マーキュリーはHIV(エイズ)で亡くなりました。
何種類かの抗HIV薬を組み合わせえる多剤併用法(ART)が使われるようになり、
死亡率が激減するようになったのは彼の死のたった6年後の1997年。
あと6年病気になるのが遅かったら、彼は今も生きていたかもしれないのです。

長い間人類を苦しめてきたハンセン病も、1991年に多剤併用療法(MDT)で治せる病気になりました。

自然療法の世界で「先生」と呼ばれる人は、エキセントリックな話法で
現代医学を否定する言葉をつかって、自分のビジネスを成り立たせている人が少なくありません。
医学の進歩のおかげで救われている多くの人がいることを知らないわけではないのでしょうが。

病院の標準治療(抗がん剤、放射線、手術)を否定し、
「自然のもの」を高いお金を出して買うほうが、
または高いお金を出して保険の効かない治療を受けるほうが
理にかなっていると考えてしまう理由はなんなのでしょう。


主治医の押川勝太郎先生のインタビュー記事です。
患者の生きる力を蝕む近藤誠医師の「がん放置療法」


youtubeで名前をいれて検索すると、がん患者と家族に役立つ動画が見れます。
これらはすべて押川先生がボランティアでやっている活動です。



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もっと早く喫煙をやめていればよかった

がんについて詳しくなればなるほど、お知らせしたいことが増えていきます。
農園と関係ないトピックにみえますが、お客様にお知らせしたいことを書いてきた
スタンスは変わりません。今はがんの話こそ、農園からお知らせしたいことなんです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

わたし、元スモーカーです。
20代でやめときゃよかった、と思ってます。
がんになる原因のほとんどは、偶然的に発生するDNAのコピーミスで、
女性の場合、たばこが原因でがんになるのは8%であったとしても
(男性は30%前後)。

26歳の私が以下のことを知らされていたら、
ニコチン中毒をふりきって、やめたのになあと思います。
以下は、26歳の自分に向けた説教です(笑)


>>>

世界中でタバコの消費が急激に増えたのは、
パイプや葉巻が中心の喫煙シーンに、紙巻きタバコという選択肢が加わってからでした。
新聞紙で巻いてみたら具合がいいことを発見したトルコ人による発明だといわれます。

紙巻きタバコはあっという間に喫煙者と喫煙量を増やし、
20世紀初頭のアメリカの一人当たり消費量は年間3500本。
葉巻も相変わらず隆盛で、年間60億本吸われていたそうです。
イギリスはもっと多く、スコットランドの喫煙量(一人当たり)はアメリカの2倍でした。


そして1947年。
イギリスの国家統計局は、イギリス人の肺がんの死亡率が
20年で15倍になったと発表しました。


イギリスと状況は似たりよったりのアメリカでは、たばことがんの因果関係が
1940年代から研究されていました。

喫煙すると、がんになりやすくなる! 
1956年に行われた大規模なコホート調査で最終回答が出たかに見えましたが、
ジャーナリストも、医者も、企業経営者も、政治家も、ほぼ全員喫煙者ですから、
一部で研究結果を揶揄する広告が出た以外では、みごとに無視を決め込み、
ヒステリックなタバコ嫌悪論などまったく起こりませんでした。


当時の医者はキャメルが好きで、医師の会合などではタバコ会社が無料で配布したそうです。
こうしたタバコと知識層のイメージのつながりを、広告も補強していました。

かの有名なマルボロの広告は、世界で最も影響力のあった広告といわれるそうですが、
タバコ業界の急激な進展を支えたのは、彼らの卓越したマーケティング力です。

タバコは、

「若者の反抗精神」とのシンボル、「男らしさ」のシンボルとして
ハリウッド映画やテレビドラマに効果的に使われ、
喫煙=かっこいい、というイメージを拡散しました。

また、「男女平等、フェミニズム」のシンボルとして
精神的に自立した女性は喫煙するというイメージを数十年にわたって世界に拡げました。

喫煙文化の底辺に漂うのは、友情、仲間意識、くつろぎ。
非喫煙者にも文句がいえない、言いにくい文化的成熟のイメージを、
たばこの煙は世界に拡げ続けました。


流れを変えたのは、
広告をするからには、反対側の意見からの広告をしなければならない
という法律に気づいたアメリカ人の弁護士です。

おおかたの予想に反して巨大たばこ会社の弁護団を相手に、この弁護士は勝訴、
以降、反タバコ広告がメディアに躍るようになります。

「ペリー・メイソン」などで知られた俳優のウイリアム・タルマンが、
やせ衰えた姿でゴールデンタイムのテレビコマーシャルに登場し、
自らの肺がんを告白したあとで、弱った声でこう言ったそうです。

「たばこを吸っているなら――やめるんだ。負け犬になるな」


アメリカでは80年代から90年代にかけて、たばこ会社は
「がんになるのがわかっていてタバコを売った罪」を患者と遺族に訴えられ、
大規模な訴訟が繰り返されました。


タバコ会社がどれだけタバコの危険性を認識していたかを知るために、
裁判の過程で、タバコ会社が有するたばこ研究所の内部文書へのアクセスが許されました。

内部文書には以下のものもありました。

「ある意味たばこ産業は
専門性の高い、高度に儀式化・様式化された製薬産業の一部門と考えていいかもしれない。
たばこは、ざまざまな生理学的効果を有する強力な薬、ニコチンを含有し、
それを体内に送り届けることのできる特殊な製品である」

世界最大のタバコ会社、フィリップモリスにいたってはこうです。

「たばこは、ニコチンの一回投与量の分配役であり、
たばこの煙は、ニコチンの輸送手段である」


【ニコチン】
タバコ Nicotiana tabacum の葉に含まれるアルカロイドの一種として知られる。
揮発性がある無色の油状液体。精神刺激薬に分類される。
耐性と依存症を生じる。
血管を収縮し血圧を高める毒物及び劇物取締法の毒物。(wikipediaより)


たばこは、普通の使い方で人を殺すことができる唯一の合法的消費者商品である
(「たばこの世界地図」丸善より)


テレビニュースでたばこ訴訟が報じられるたび、
アメリカ人はたばこで家族を失ったと訴える遺族の悲痛な叫びは耳にしたはず。
これ以上の禁煙教育はなかったでしょう。

1970年代から90年代までの20年で、
アメリカのタバコ消費量はなんと半減しました。

世界史上最も劇的な喫煙率の減少だそうです。


欧米で繰り広げられている禁煙キャンペーンは、
「そこまで?」というくらいえげつない空気があるものがありますが、
えげつない広告キャンペーンをしている国は、急激な喫煙者減少に繋がっています。

以下は、2016年の成人男性の喫煙率です。

オーストラリア、カナダ・・・17%
イギリス、アメリカ・・・25%
フランス・・・36%
ドイツ・・・・・33%
日本・・・・・34%
韓国・・・・・41%
中国・・・・48%
キューバ・・・53%
ロシア・・・58%
インドネシア・・・76%


日本では200円台買えたタバコが400円台になったときに、禁煙が進みましたが、
アメリカはもっと強行で、
ニューヨーク州では1箱が1500円前後で販売されています。


日本も(WHOのたばこ規制枠組み条約に)批准しているのに
なぜ禁煙対策が進まないのか。
飲食店を全面禁煙にするだけのことでも、これだけ難航する。
オリンピックを開く国で飲食店が全面禁煙にしないのは前例がないそう。


他の国は、禁煙への取り組みは健康を管理する役所が仕切りますが、
日本には産業の発展をうたう「たばこ事業法」があり、
財務省が強い力を持っているから、これだけ進まない。

年間のたばこの税収は
2兆1千億円。
相続税・贈与税とほぼ同じだそうです。


厚生省が全面禁煙を進めたいといっても、
財務省が反対する。
試算では8400億円(富士経済調べ)損するからですって。
受動喫煙の問題が日本ほど軽んじられている国はなく、
先進国で飲食店の禁煙はあたりまえです。


医療費減らすために、税収入減らさなくちゃいけないなら
医療費減らなくていい! って決断しているのが日本。


禁煙によってがんの罹患率、または死亡率が減るには
20年くらいの時間が必要といわれますが、
アメリカでがんの死亡率が減っているのは、禁煙対策の結果かもしれません。

アメリカのたばこ産業は、国内の消費をとっくにあきらめ、
ターゲットを日本やアジアや、旧ソ連に向けて益々儲かってます。
輸入たばこはいまや国産と価格帯が同じになり、
東北で栽培されるたばこの放射能を避けるという人がアメリカ産たばこを
買う流れもあるようです。


ところで

アメリカ製の手巻きタバコを吸っているから、なんとなく安全。
自分で巻いてるからオーガニック。
そんな気がしている人がいるかもしれません。

タバコ会社がフィルターをタバコにつけるようになったのは、
がんとの関連性を疑う声がアメリカ国内でうるさくなってきた後です。
がんのリスクをさげるためにフィルターをつけるようになりました。


「アメリカンスピリット」という無添加タバコ、百%オーガニックを売り物にしているタバコがあります。
添加物でがんになるのでも、農薬でがんになるのでもなく、
たばこの葉っぱでがんになるのですが、
オーガニックとつけばなんとなく「いいもの」という社会的なイメージを逆手にとっています。
ちなみに私も、これ吸ってました(笑)


がんになると、働けなくなって家族に迷惑かけるし、
保険内でも、少々お金を使えばよくなるガンが今はいっぱいあるので、
治療をしないことを選ぶのは、そう簡単ではありません。


治療が長引くと、限度額といえど高額ですから月々の払いは確実に重くなります。
トータルでいくらかかるかは、その人のがんによるので、誰も予測できません。
我が家も例外ではなく、家計を逼迫しております。


治療費が続かないから必要な治療をあきらめる人は、
日本中にたくさんいます。


最後に
世界中で禁煙モードがひろがるなか、
唯一喫煙率は伸び続けている年齢グループがあります。
それは「少女」です。
少年でさえ最近は喫煙率が減っているのですが、
先進国か途上国かを問わず十代の少女の喫煙が増えています。


子供のころの幸せな記憶のなかに、
お父さんかお母さんの喫煙する姿が刻み込まれているのでしょうか?





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