「病院が役に立たないってことじゃん」

先日「ガンの患者学研究会」について書いたブログに
少なからぬ反響をいただきました。
研究会から冊子を送ってもらったとか、本を取り寄せたとか、図書館で借りたとか・・・・

冊子を取り寄せたと、ある友人が私に言いました。
ちょっと意外でした。読んでどう思ったのかな?
ガン患研の考えが、無料冊子で伝わるのなら、私も冊子を取り寄せて、
お客さんや周囲の人に配りたい、と思ったので電話してみました。


「まあ、普通のことが書いてあるよね」

さらりと友人が言いました。

「ほお。普通・・・ (すごいなと感心)」

「今まで考えていたことが書いてあるだけだった」

「つまりT子は、もし自分がガンになっても手術受けないんだね」

「いや、受けるけど」

「え? あれ読んでも病院の治療受けるんだ(?マークの嵐)」

「ふつう、がんになれば病院いくでしょ。手術が必要なら、するでしょう?」


やっぱりなあ、文字って、絵や音にくらべて伝わる力が弱いなあ。
前からそう思ってました。


「えみが手術受けないほうがいいと思うのは勝手だけど、
人にまで自分の考えをすすめるのはどうなのかなって」



きた~~
そうくるんじゃないかって、最初にこういうこと書いたときから思ってましたよ。
だから私、ぜんぜんひるみませんです。


「あのねーー、これは私見をいってるんじゃないよ。

アメリカはここ数年がんになる人も、がんで死ぬ人も減ってるの
日本は増え続けてる。なんで?
アメリカは手術、抗がん剤、放射線という三大治療に入らない代替医療を増やしてるから
食べ物とか生活習慣とか」

「なんでアメリカはそうなったんだろう」

「薬や手術はがんを根本のところで治さないってことがデータではっきりしてるし、
あちらは医療費が高いから、医療費で国家が破綻するレベルだからじゃない?」

「日本は効かないってわかっててなんでそれをやるんだろ」

「病気を治すのが仕事だと思ってないのかもね」

「それはないでしょ。お医者さんはちゃんと、患者のことを考えて、病気を治そうと思って一生懸命やってるよ」

「あんまりいうと、陰謀ロンの人になるから医者のワルクチは私は言わないようにしてるけど、
あなたまさか治ると思ってここにきてるんじゃないでしょうね、と医者にいわれた人もいるらしい。
あげればきりがないくらい医者のひどい話はあるよ

日本で年間30万人ががんで死んでるらしいけど、8割の24万人はがんで死んだのではなくて
治療の副作用や治療で免疫が落ちたためにべつの病気を発症して死んでるって。

T子は、抗がん剤が3割の人にききますって医者がいえば
3割の患者のがんを、抗がん剤が消してくれたと思うでしょ?」

「うん。違うの?」

「がんが半分に縮小する期間が4週間続いたら効くってことになるんだって。
4週間たってまた大きくなることがあってもそれは無視」

「えみの話聞いてると、病院が役に立たないっていってるみたい。
てゆうか、それってこれまでの常識がひっくりかえる話じゃない?」

「病院が役にたたないって、医者でも思ってる人はいるよ。
そういう人は国民健康保険から抜けてるんだって。

もちろん怪我は病院がやくにたつし、一部の病気は医療が役にたつことももあると思うけど、
たいていの病気に対して病院がしていることは、治すじゃなく、現状維持だったりしない?」


「うちのだんなも痛風の薬飲みながら酒もタバコもやって
酒飲むために薬飲んでるみたいで。これを延々やっていくっておかしくない?と思ってた」

「がんも痛風も糖尿病も、生活習慣病だから、薬より、生活変えるように徹底指導すればいいのに、
患者は薬しか求めてない」

「うちのお父さんも心臓の薬飲み続けているけど、
今度はこっちにしましょうかね、って薬変えるたびに悪くなっていって、
医者が病気のこと、わかってないってことがわかるばかりよ」

「がんだって同じよ。
医者はがんのことも何にもしらない。

知人が何年も抗がん剤のんで杖がないと歩けないくらいぼろぼろになってるときに水素水に出会って、
結局数ヵ月後にがんが消えてることがわかったたんだけど、
医者が言ったコトバは、この薬でがんがなくなった人初めてみた、だったって」

「なんでみんな、医者のいうとおりにするんだろ?」

「みんな、自分がガンになって初めてガンを知るからじゃない?
自分がガンになるまでがんについてしってることといえば、
ガンで死んでいった有名人の美談だけだもんね。

私だって1年かけて、いろんな経験して、一巡したからわかったようなもんだし。
いきなりガンの初心者が、病院のいうことはおかしい、自分で治そう
とか思えるかっていうと、難しいよね。

手術しなかったら半年だって医者にいわれたら(わたしのこと)、
たいていの人は真に受けちゃうと思うけど、
そんなの嘘でしょう、って思うことができて、
手術しない選択をして、免疫を落とさない暮らしに方向を変えてたら、
こんなに再発しなかったと思うし、

自分でがんを治すという選択をして元気になった普通の人が
こんなにたくさんいるってしっていたら、
張り切って、私もそれをやったと思う。

つまり私は、

T子に私の轍を踏ませたくないわけ。

ガンになる前に、ガンは医者じゃなくて自分で治せるという事実を知ったらいいと思って。
少なくとも選択肢が広がるでしょ。

病気を自分で治した人がいっぱいいるってしっていたら自分のまわりの人がそうなったときに、
ちょっと待って、っていえるでしょ

医者は、もう治らないとか、これしか治療法はないとか、
死ぬまであと何ヶ月だとかヒトゴトだから簡単にいうけど

それは医学の限界をいってるだけで、
人間の限界をいってるわけじゃないから」


「でもうちのだんなさん、病院にいって薬もらうほうが楽だと思うタイプよ。
そんな面倒くさいことするより、医者の言うとおりにするわ、っていいそう」

「T子、未亡人で老後を送ることになるのはいいの?」

「ぜったいいやだ」

「じゃあ、今のうちに、少しずつ彼の考え方を変えるようにしていったほうがいいんじゃない?」

「どうすればいい?」

「玄米と野菜でおいしいものを作る」

「玄米きらいだって」

「それは玄米の炊き方が悪いのかもよ。おいしくて簡単に炊けるお釜が最近あるよ」



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玄米菜食だけでガンを治した人

私がついにそっちに目覚めたということを知った友人たちが
「いのちの田圃」(ガンの患者学研究所広報誌)を
次々に届けてくれました。

「なんで、もっと早く教えてくれなかったのよーー。
しってたら手術しなかったのに!」

というと、

「早く教えたところで、えみちゃんの耳に入ったかなあ」

とズバリ言われてしまった。
そうですね。
普通の人なのです。私は。
ガンになったといわれたら、さくっと手術して、ささっと治しちゃって
と思う人。
さっさと仕事に戻りたいから、手間かかる方法なんかやってらんないわ。

と思う人。

・・・・だったんですけど、
発病から1年以上たってやっと目覚めました。
治すのは、療法や医師やものではなく、自分の心であると。


病院の治療を続けても延々と薬を飲むだけ、必要に応じて手術や放射線治療を重ねるだけ
病院の推奨する治療を重ねた結果、完治の道はどんどん遠ざかり
病人歴だけ長くなり、やがて帰らぬ人となる
これががこの国で、世界で信じられているガンの物語。


でも、
自分で自分の病気を治すという、変人の道、変わり者の道を行く人たちが
じつは日本には千人単位でいて、
数百人が自分のがんを治しているのです。


ちまたで話題になる、単行本になっている「自分でガンを治した人」は、
特別才能のある少数の、すごい人かと思いきや
まったく普通の人たちが、
医者と手を切ること、がんになったこれまでの道筋を、徹底的に変えることで病気を完治させているのですね。

彼らの多くは、

「ぜったいそんなことはやめて、お医者さんの言うとおりにして」と家族に泣きつかれ、説得され続けたり、
「そんなもんで治るわけないだろう」と医者に罵倒されたり、
「そんなに死にたいのか」と知人に言われたりしています。


でも、自分の信じる道をいかなくては、
医者の言う道や、みんなが正しいという道をたどって死んだヒトを数多く知ってるから
と、わが道を突き進んだ。

そういう人たちの顔写真つきのストーリーが多数紹介されているのが
先述の「いのちの田圃」という雑誌です。


あと一週間で死ぬと医者に言われた人、もう死にましたと家族が医者に言われた人(呼吸停止した人)
でさえも、
自分で治そうという気持ちを持ったところからV字回復していった人がいるんですね。


ある人は、百人くらいの従業員を抱える経営者でしたが、がんがわかったときには「打つ手なし」と医者にいわれ
そこからすぐに仕事もプライベートもすっきりとダンシャリし、
玄米菜食だけを方法とし、ほかには健康食品もとらず、民間療法もせず、それだけ。
6年後にたまたまチェックしたら、すべてのガンが消えていたそうです。

玄米菜食だけでがんを治した人は、バックナンバーをひもとくと、他にもいらっしゃいましたが、
その人も仕事をやめ、一口二百回も三百回も噛むという玄米菜食の徹底で治らないといわれたがんを治したそう。


「玄米菜食だけ」
といっても、治した人には、
心を徹底的に転換させたという共通点があります。

がんは生活習慣病ですが、ふだんの食べ物がどんなによくても、がんになる人はなる。
知人で、自然栽培の野菜と米しか食べてないのにがんになった人がいます。

食べ物が原因でがんになる人が多いので、がんの原因=食べ物、という論説が目立ちますが、
「いのちの田圃」を友人たちが届けてくれたバックナンバー数十冊を読んでいると、
がんになる最大の原因は、性質と生活のような気がします。
(ある中国人医師は、「がんの原因は仕事のしすぎ」と言い切っていました)


がんになったのがこれまでの性質と生活だと理解したら、
すっきりとこれまでの性質と生活をやめる

これが確実な治癒への道。
みたいです。


そして心の徹底。

ある人は、タバコでガンを治したそうです。
絶対治すという信念で、タバコを味わいぬき、愛しぬき、ポジティブなイメージをタバコの一服に込めるだけこめて・・・・

よく、人がいいというから
アレを試した、コレを試した、
でも全然効かなかった、死んじゃった、などなど
本の批評欄や商品のコメント欄に書いてありますが、
どれだけの信念を持ってそれらを実行したかどうかは誰にも問われない。

タバコを信念の力でガンの特効薬にするのは、とんでもなく難易度の高い話になりますが、

ガンを病院に頼らず治している人が増え続けていることは、
テレビでは、絶対に報道されません。

千人以上の治った人や治りかけの人が集まった集会を開いたとき、
テレビ局がいくつも取材しにきたそうですが、
放映した局はひとつもなかったそうです。

ガンといってマスコミが飛びつくのは、
死んでいく人の話です。

死を受け入れて、残された人たちのために奔走して、命を無駄にした

「湯をわかすほどの熱い恋」

は、ガンを死んでいく病気としてのプロパガンダ映画にして美化し、
みごとに成功しました。


私自身この映画、劇場では、面白がってみましたが、「いのちの田圃」を読んでしまうと、
なんで、あと数ヶ月もあるのに、自分で自分の病気を治そうという努力を何もしないで
すき焼きしゃぶしゃぶなんか食べて、死を受け入れた? アホじゃない?
家族のためにできることで何がイチバンいいかって、生き残るための努力でしょうが!
と呆れるしかない自分になりました。


でも結局、宮沢りえ演じる主人公は知らなかったのです。

全身に骨転移しても、全身にがんがちらばっていても、まったく食を受け付けない、歩くこともできない・・・・

こんな状態から

玄米のスープを一口飲むところから
ゆっくりと自分で自分を癒し、ついにはすっかり治った人たちが
山のようにいることを。


最近、ガンで死んでいくのを受け入れて夫婦で旅行するロードムービーが公開されましたが、
ケッ!!
てかんじです。


がんは人に隠しているより、公開してる人のほうが治る率高いそうで、
確かに隠している人は治らない人が多いと実感するので、
私はなるべく機会があれば言うようにしています。

でも、がんをあまり知らない人は、
もう死ぬんですね

という目を向けるので、相手を選ぶことは多いですが。


ちなみに私は、四期のがんで、手術も放射線もできないといわれているので
いまは仕事を96%しないようにして
散歩と入浴とびわの葉と各種のあっためと玄米菜食と・・・・で
桃の収穫開始までに治す
と決めていましたが
桃の収穫期になったらバリバリ働くぞ、という
この心の持ち方が消えないかぎり
ガンも消えないと気づいたので

仕事はしばらくおやすみでいきます。
でも、書くのがすきなんで
こういうのも書きたいと思い始めて
しばらくガマンして
あーーもーーーー書きたいよーーー
とたまってしまってから
書いてます

メルマガも書くな、とおっとにいわれてますが
かきたいんだよーーー



でも
それする暇あったら
ウォーキングかびわの葉してろ、という理屈でございますね

わかってますよ!!


あ、こういう、すぐ言い返す性格がダメですね
わかりました! もうしばらく書きません!
忠言いただきありがとうございます



では

今日は野菜発送の受付しめきり日です。
正午の締切は絶対ですので。

無農薬の米、野菜、そば、蕎麦の実、三年番茶、紅茶、緑茶などなどなどは
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玄米のススメ

genmai.jpg

昨年末、ニューヨークから友人が来たとき、二人で
球磨村の川辺の土手に座って食べたお弁当です。

酵素玄米のおにぎりに、
うめぼし、高菜漬け、明太子、大根の漬物がはいってます
酵素玄米は、お弁当にするとおいしさがさらにアップ!
と思ってます。
海苔や梅干との相性がいいせいでしょうか。


玄米も白米もどちらも好きなので、
ふだんは一定しないのですが(同時に白・黒両方炊いていることも珍しくない)
年明けからは玄米が多くなってます。

内布家は、半世紀前から玄米が主食だったそうで、
夫も物心ついたときから玄米。
お弁当も玄米。
学校中で、ほかに茶色いごはん持ってきている人がいなかったらしいと、しゅうとめがいってました。

私と玄米の出会いは、20代後半。
ニューヨークで買った、まだ日本に入ってなかったルクルーゼで炊いてましたが
その後、炊飯器で玄米が炊けるようになって、たまに玄米を炊いてましたが
たいしておいしくなかった(笑)

開眼したのはその数年後。
友人宅で、長岡式酵素玄米を食べたときでした。

「なにこれ、すんごい、おいしい」
と、人んちにきていきなり三杯もおかわりしてしまいました。
おかずはお味噌汁と、白菜の煮付けだけだったけど、
ごはんのおいしさで、おかずなんかいらないわ状態。

その友人はそれからすぐに海外に移住し、
もういらないからと、長岡式の炊飯道具一式を貰い受けました。

今にいたるまでそれを使っています。

玄米が嫌いとか、おいしくないとかいう声をとてもよく聞きます。
どうしても玄米とは相容れない人もいると思いますが、
おいしい玄米に出会ってないだけもしれないと思ってしまいます。


最近は長岡式の炊き方のめんどくささが時流に反するのか、
手軽に美味しく炊ける炊飯器が出ています。

発芽させて酵素玄米にする「クック圧力名人」というのがすごいのです。
知人宅で絶賛しているので食べさせていただき、ほんとにおいしいなと思いました。

うちの長岡式のセットは20年選手ですが壊れないので、買うことはないと思いますが。


最近は発芽玄米にして、長岡式で炊くというのもときどきやってます。
かなりおいしいです。

ふたりで、一日三合のごはんをぺろりと食べてしまって
「食べすぎかな」
と微妙に反省したりしますが、玄米はいっぱい食べても太らないので、まあ、大丈夫。

(東京でひとり暮らししているときの私は、毎食三杯、酵素玄米を食べていました。
おかずはシンプルに納豆、味噌汁、あと一品くらいでも十分シアワセになれました♪)


お客さんから「オタクの米は発芽しますか」と聞かれたことがありまして、
発芽しない米があるのだろうか、と疑問に思い、
あれこれ試しましたが、
農薬を使っている、普通の栽培方法の米でも、発芽はしましたので、
発芽しないのはどういうお米?
と最近米農家に聞いたら、
「傷ついているとか、古いとか?」
と、あいまいなお返事でございました。

発芽させるほうがGABAがでて健康的だから、というのは考えてなくて
発芽させたほうがおいしいと感じるのでそうしています。
発芽を確認するのも楽しくて。

発芽のさせかたは、40度くらいのお湯に一日つけておくだけです。
温度が下がらないように大きな鍋などでくるんでいますが、6時間くらい微温が保てればいいんじゃないか
というかんじで、厳密なことはなにもしれいません。


発芽させた玄米を酵素玄米にするのは健康的ではないという意見があるそうです。
いまのところそういうことにもかまっていません(笑)


どんなスタイルで玄米を炊いてもは、玄米って噛むごとにおいしくなるので、たくさん噛みます。

酵素玄米は、やわらかくて、モチモチしているので、
消化のためにはそれほど噛む必要がありませんが、
噛むほど唾液がでて消化酵素が出るという意見は採用して、
百回目標(あくまで目標)で噛んでいます。
ときに二百回噛んでいるというつわものの話も聞きます。
昨日それにもチャレンジしてみましたが、
ランチタイムがなかなか終わらず、フルコースのディナー並みの時間がかかり、
残されて給食食べている人みたいでした。
ランチ食べているうちに佐川さんが集荷に来てしまって、「えーもう夕方!」と、あわてました

・・・・まあスキズキですから。適当に流してください・・・・


JJ米の順子さんのとこにいくと、いつもおいしいご飯が食べられます。
先日は、大きな土鍋で3時間くらいことこと炊いた玄米が、柔らかくてめちゃくちゃにおいしゅうございました。

江戸時代の都市部では、白米を食べたそうですが、
燃料にする薪の調達が難しかったからだそうですね。
玄米だと調理時間が長くなるから、どうしても燃料が余計に必要になりますね。

だから現代は、各種圧力鍋や、上記のような玄米専用の電気釜など、便利な道具がうまれ
誰でもおいしい玄米を食べられるようになりました。
いい時代です。

圧力鍋や電気釜は健康的にはよくない!
という説もあるそうですが、あまりかまってません


とにかくおいしく炊けた玄米は、どんな食事にもまさるおいしさです


実家では二人暮らしなのに、母は酵素玄米、父は白米で、二種類を炊いていました。
どちらかが無理するより、その方法もいいと思います。




美味しいお米と野菜は
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どんなガンも自分で治せる?

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薪ストーブ用の木です。いつも割ってくれてダーリンありがとう。


自力でガンを治した人達の講演会を聞きに、先週、福岡まで行ってきました。

まったく世間に知られていないのが不思議なくらいですが、
医師がサジを投げた患者や
余命一カ月と宣言された人、
5年生存率0%といわれた人も、
悪名高きすい臓がんも含み、
医療を受けずに自然寛解に至り、10年、20年生きている人を数百人リストしているのが、
その日の講演会を主催した「ガンの患者学研究所」略してガン患研という全国組織です。

その日壇上に立たれた三人の方々は、いずれも命の崖っぷちに一度は立ちながら、
自分で治すという心を持ち続け、寛解に至って十数年以上という方たち。

その中のおひとり、岡山県から来られた春名さんは、咽頭ガンがステージ4で発覚し、
医師から手術はできるけど、手術後、声と聴覚と視覚と味覚を失うリスクがあることが告げられたそうです。
この段階で自死を選ぶ人もいるかもしれない非情きわまりない話です。

しかし彼はなんと、手術までの4カ月で、自力で咽喉と舌のガンを完全消失させ、
リンパのガンが少しあるというレベルにしてしまいました。

働き盛りだった彼が四カ月仕事を休んで、孤軍取り組んだことは、
食事と心のケアと体を温めることだけ。

だけ、といってもその話は著書も上梓されているほどで、とにかく深い。
手術後、再発を防ぐために、中国にわたり、
ガン治しに特化したかくりん気功を学び、
今はそれを広める活動を展開しておられます。

ガン患研は、もともとは20年以上前に、
医療に頼らずガンを治した人たちを国内外で取材したドキュメンタリーを制作した
当時のNHKのディレクターが中心になって結成された非営利団体です。

一定の治療法や器具をおし付けたり、西洋医学を拒絶したりするものではありません。

すべての中心は、治すこころを、相互の励まし合いや、
治ったヒトたちの姿を見る機会をつくることでがん患者の心にはぐくむこと。

それを通じて治るヒトを増やすことを目的に運営されています。
がんは治らない病気というイメージを完全にひっくり返している場所が、
日本にあったのですねえ


ガンになったら病院にいって、
手術してすむならチャチャっとやっていただこう。

というヒトが世の中のほとんどだと思いますが、

病院は、医者は、けっこう、患者のことはヒトゴトです。
医療はショウバイだと思っているかんじがありありとします。
がん患者の話を聞く機会が多いのですが、
彼らの話や私が見てきた風景を統合すると、
病院(医師)は、臓器を切ることによるダメージや再発可能性の高さなどはほとんどかまっていません。
営業マンが商品を売って売上増を目指すように、手術件数や薬剤、放射線治療の件数の上昇を目標にしてるのでは、
とかんぐりたくなる病院(医師)が、悲しいかな多数派です。

そんな場所に身をあずけることのキケンを病気になる前に知っておくことは意義深いことだと思います。

切れといわれたら、乳房でも子宮でも肺でも大腸でもなんでも切っちゃうヒトがほとんどです
私もそうでした。
自分で病気を治すなんて、そんなあほな、と思ってました。
あるいは、限られたすごいヒトだけにできることだろうと思ってきましたが、

自力で治った「ふつうのヒト」がこれほどたくさんいるという事実。
これを、病気になる前に知っておくと、
無駄なお金や時間を費やさずにすむかもしれません。

二人にひとりががんになる時代というのに、
保険会社と薬品会社の売上が膨れ上がるだけで、日本のがん医療はほとんど進んでいません。
(アメリカでは以前よりがん死亡者も罹患率も減っているそうですが、日本は逆)


講演会のあと、立ち話で、がんを治した会員のヒトから聞いたことです。


「横のつながりでみんながそれを勧めあっているわけじゃないと思うんだけど、
治ったヒトは、だいたい全員、同じことをしているね。それは、

1、玄米菜食
2、びわの葉温灸
3、ウォーキング

不思議なくらい一致してる。治ったヒトはみんなこれやってますよ」


びわの葉温灸ごときでガンが治るわけないでしょう?
と思っているヒトは多いと思うのですが、
どうも、そうじゃないらしいです。
ビワの力がすごいそうです。
先ごろ話題になったビワの種も、百個くらい食べてはじめて毒になるそうです。




今週も野菜、蕎麦のお申し込みは水曜正午締切です!
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「霊がくる家のひと」に言ったこと

そのヒトからは、何年も前から相談を受けています。
5、6年前からのような気がします。

何者か、説明のつかないもんが、その家にきて、物理的にものを動かしたり
もっていったりするそうで。

玄関にある大きなツボがなくなったり、冷蔵庫にあった乾物がつけ汁ごと消えたり、
消え方が派手。

中には、忘れただけなんじゃないの?ってものもあるのですが、
頻度が高いのと、けっして金目のものがなくならず、愉快犯的なかんじのものが多いので、
その家で、霊的な何かが起こっている可能性もゼロにはできず

その家のひとの依頼で、お寺さんを紹介して、お経をあげにいってもらったりしたこともあります。
お札をはってもらったり。

でも、状況はよくならない。


で、その相談をまた最近も受けていまして。
5年以上の長きにわたって受けている相談ごとですから、いろんなこと言い尽くしているとお考え下さい。

今回は、私がどう言ったかといいますと、


「こういうことは、これからもずっと起こるよ。
起こるたんびに、驚いてももう、無駄よ。

こういうことなんだ、と思ったらどうかね。
私だっていわないだけで、変なことは何回もあったし、世間を探せば、説明のつかないへんなことが起こったってヒトは
たくさんおるよ。

だから起こってあたりまえ。こういうものだ、と思って流していこう。
何千万円だましとられたとかに比べたら、被害なんてあるようで、ないようなもんでしょ」


「そんなこといっても変なことが次々起こるヒトの身にもなってみてよ。そんなふうに思えないから」

「でもね、そう思わないかぎり、一生、何か起こるたびに、わーまた起こった、って気持ちが上がり下がりする人生を送ることになるよ。
そういうふうに自分を痛めつけるのを繰り返すのが、私は心配。」

「誰にでも言うわけじゃないけど、こうやっていうだけで、気持ちは楽になるところがあるから・・・」

「口に出していうとかどうでもいいことで、あなたのアタマのなかで、いちいち大騒ぎになることが、あなたがこれをこの先も、ずっと続けることがわたしは心配」

「だって、説明がつかないでしょ。こんなことがどうして起こるのか」

「説明をつけたいという気持ちが本当にあるなら、科学者のところを順にまわるなり、前もいったけど、24時間家の中をカメラで監視すればいい。

でもそれをしていないでしょ?

本当に原因を知りたいわけじゃないでしょ。
もう、これくらいの小さい不幸ですんでるから、大きな不幸がこなくてすんでいる、ああ、よかった。
どっかの霊さん、ありがとう、くらいに思っていいんじゃないかね


家のヒトでそんなふうに物がなくなるのは自分だけだってことは、なくなるのは、自分のせいだって思ってみるのはどうかね。
前もいったことの繰り返しになってしつこいけど、
起こることはたいてい自分のせいよ。

子供が上手く育ったら自分のせい、イヤな人間に育てば自分のせい、
がんになったら自分のせいだし、
仕事がうまくいくのも、いかないのも、自分のせい」

「それくらいはわかるけど」

「物がなくなるのも自分のせい。お札とか、お経とが役にたつわけない。
自分のせいだって、気持ち決めないと、これはずっと続くんじゃないかね」



電話切られる・・・・・・



何かは、いつも、毎日起こっていて、
それに対して、わたしたちは、起こるのは「しかたない」「許せない」「ありえない」などなど
いろいろ判定シールをはってます
判定シールが「許せない」「ありえない」になると、その判定を「しかたない」に貼りかえるまで
心の上がり下がりがとまらない


私は、たいていのことが「しかたない」シールになっていて、
その判定に対して、「ありえない」とか「許せない」とかシール貼られてます(笑
たいていはオットから。


ちなみに私の周囲で起こったへんなことシリーズをかいつまんでいうと・・・・
①家でラップ音がパンパン鳴り止まず②夜目覚めると剃髪のお坊さんの幽霊③夜目覚めると目の前に天井板が④このへんでやめときます・・・・・・




自然栽培の米、有機栽培の蕎麦粉、お米、野菜などなど
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3日断食の感想

ダンジキ・・・・・

2日まではしたことあったけれど、
3日はしたことがなかったのでやってみました。

断食に入る前も、一日一食で小食には慣れていましたが
いざ入ってみると、それほど空腹はなかったのでした。

空腹よりアタマがぼよんとするのは、困りました。
毎日犬の散歩に出かけるくらいの体力はありましたが、あまり長くは歩けなかったですね(5キロ目標は無理でした)。


三日間の間も、何もとらないのではなく、

野菜スープと玄米養生スープと焙じ茶とかは飲んでいました。

だからおなかがすかなかった、ともいえますね。


もともと大腸が不調なのですが、ふだんよりお通じがよかったのは
うれしい驚きでした

気のせいかもしれないけど、シミが少し薄くなっているような気もします。
気のせいかな。


終わったあとも、がーっと食欲に燃えるような気持ちにはならず、
ゆっくり玄米のおかゆなどを食べています


この状況を少しずつならしていき、もう少し長く出来るようになるといいなあと
思っていますが
ビョーキもちは自分でやらないで施設でやれ、という声もありますので
3日くらいを習慣にするのが、いいのかもしれません。


ダンジキしていなくてもそうですが、
野菜スープの存在にはすごく助けられています。
自然栽培と有機栽培の野菜の微妙な差がわかりはじめたような。。。。

気のせいかもしれませんが

自然栽培の野菜しか食べないというヒトがいるそうですが、高いハードルをあえてする意味が
少し判ってきたような。。。。。

しかし自分で、れんこんやゴボウや白菜を作るのは無理だし。
自然栽培オンリーの食生活は、むずかしいですね

でも先はわかりません

もうすこし私が野菜作れるといいんですけど

結局、わたしにかかっております

昨日フィンドホーンの本を久しぶりに読み返して、
かの地では、肥料をたくさんやって、痩せた土地に野菜を作る
というくだりを読み、肥料がなければ、フィンドホーンで生産性を高めることは本当に無理なのかどうか
ちょっと考えていました。

次に海外いくのは、フィンドホーン、と思いつきました
畑見学したいです

でも、堆肥ばりばりなかんじもするな

もっと別のところにいきたいかも
自然栽培で美味しい野菜を、バラエティ豊かに、大量に作っているところ
どこですか?
海の向こうじゃなさそうですね。




お野菜、蕎麦などは水曜正午締切ですよーー。
無農薬のゴボウ、里芋・有機JASの白菜、ニンジンが人気です

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「スケールをデッカク区切って、じっくり人生を熟成させるんだー」

mutsu.jpg

1980年代から大事にもっているりぼんコミックスの
『流れ星パラダイス』(陸奥A子)。

改めて奥付を見たら、1987年の初版でした。
このとき漫画の主人公は18歳。
アーチストである、発言の主は27歳前後?

13年後を(40歳前後になるとき)を一区切りにするというこのアーチストの発言に驚いている主人公と同じ気持ちで
ワタシも当時この発言を読みました。


うん 
スケールをデッカク!!区切って、じっくり人生を熟成させるんだー



当時女性は、25歳前に結婚すれば成功者。30歳すぎたら女性としてみてもらえない時代でした。
21世紀になりたての東京でさえ、
「30過ぎの女は女として見られないんだよ、えみちゃんは知らないでしょうけど。日本の男ってみんなそうよ。とくに会社員はね」。
私は会社員にうとかったので、友人が教えてくれました。


根強いのは、
人生のイベントや節目はすべて人生の早期に詰め込んでおくものだ、という世間の思い込み。

60歳で結婚したり、70歳で新しい業界の仕事をはじめたりするとみんな驚きますね。


人生ゴールの設定が早すぎるから、
何にせよ急ぐ必要があるかのように思わせられているのではないか。

スケールをデッカク区切れないのではないか。


定年がゴールのように言われていた時代から、いまは、年金受給の関連もあり、
ゴールがあいまいになってきていますが、70でも75でもなく、ゴールは120歳。
これが適正な気がします。ゴール設定より前倒しのゴールがきても、まあそれはOK


この設定があるだけで、暮らしにおける時間の概念が変わっていく気がします。


だってゴールは遠いのだから、急ぐ必要がない。急いで短縮して、できた時間のあまりを、どこかに継ぎ足していく必要がない。


その方向で生きることに決めました。


急ぎ癖の弊害は、最初に出た答えに飛びつきやすくなること。

急がなければ、多様な答えを受け入れる余地が増えそうです。
多様さは、外国にいくとか情報に接するだけなく、1メートル四方の世界でも深く見ることで得られますね


1ミリ四方が内包する豊かさは、急いでいてはわからない。
そうやってワタシはどれだけの豊かさを、目の前に広がっているのにもかかわらず、気づきもしないで、わかりやすいものに飛びつき続けてきたでしょう。


ゆっくり歩かなきゃ。
ゆっくりゆっくり。


せっかちを全否定する元年。いえ、元日であります。きょう。1月13日。
理由はまたの日に書くでしょうか。



安全なだけでは売ってません。美味しいから販売させていただいております。
ウエブサイトは↓
錦自然農園フルーツストア


「心配ご無用」

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オットがつくった菊芋の煮物。
菊芋たくさん、れんこんちょっと、ごぼうちょっと、にんじんちょっと、たまねぎちょっとを油で炒めて、
山江村の乾し椎茸を手でぱらぱらと割りいれて、赤酒(熊本のソウルアルコール・みりん的なもの)、醤油で
調味して、一晩おいて味をふくませる。
菊芋とれんこんの食感の違いがうれしく、ごぼうを煮るとしみでるダシもきいて
「全部食べていい?」「だめ」という会話が出るほど
箸を止めるのに強い意志力が要求される一皿です




本日8回目の結婚記念日です。
特別なことは何もせず、ふたりでその会話をしたわけではないが、
ブログに二日連続そのネタでいくのはなぜなのかな。


熊本に旅立つ前の日に、東京・錦糸町のタイ料理屋でランチした編集者(男・50代)との会話を掘り起こしました。
なんでもメモっている性格がこわいですね。


「もう東京めったにこないんだろ?」

「はい。きませんね。来るのは冠婚葬祭くらい」

「東京を去るにあたって寂しくなったり悲しくなったりしない?」

「ぜんぜん」

「ぜんぜんなの?」

「ちょっと前まで気持ち的に、谷とか山とかありましたけど、それも終わったみたいで、いまはフツーーです」

「向こういったら、やなこといっぱいあるだろうな」

「あるかもですね」

「あまり頑張らないでいやになったら帰って来いよ」

「帰ってきませんってば」

「帰ってきたって、ほーら言ったとおりだろとか言わないから」

「帰ってくるわけないでしょ」

「帰ってきたら、農家嫁体験失敗記とか書けるかもな」

「書きませんから」

「覚悟して頑張るとかしなくていいんだからな」

「まー覚悟もしてるし、頑張りますよ」

「そんなことしなくていいんだから。無理すんなよ」

「新規就農の大先輩いるし(夫のこと)」

「いまは愛してるかもしれないけど・・・」

「心配ご無用」



やさしいコトバなのか、失礼なコトバなのか、いまだに判然としません。
幸いにも、その人の心配してくださったことごとは、ことごとく実現されないまま、今にいたっておりますること
ありがたやありがたや。


「気持ち的に山とか谷とか」とは?

というのは、今もふしぎな気持ちで思いだしますが、
ぜんぜん感情的になっているわけではなく、
とつじょ、まったく突然、涙腺が決壊。
夜でしたが、涙が出てとまらなくなりまして、いったいいったい、これはなに? と驚いて
熊本に電話したことがありました。

自分で感情に蓋をしていたのか?
ワタシの動きがせっかちすぎて(1回あっただけで結婚をきめる)、
体に心がついていけてなかった? 
今になっても、それがなにか、わからないままです。

いずれにしても、
おもしろい動物をみたことを報告するような気持ちで、電話したのに、
彼はとてもとても心配していました。
そういう優しさに慣れてなかったので、自分よりさらに上をゆく珍奇な動物を発見した気分でした。




菊芋も、山江村の乾し椎茸も、無農薬栽培のごぼうも。
今日から無農薬・無化学肥料・宮崎産・蕎麦の実を販売開始します
錦自然農園フルーツストア

地図のない旅

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12月15日の野菜セットです。今週はどうなりますかまだ未定です。


あけましておめでとうございます。
明日でなんと
錦自然農園に嫁入りして八年目です。
「ダメだったら帰ってきていいよ、ほーらねー、とか言わないから」
という声に見送られて東京を出た日から、ずいぶんとまあ、遠いところに来ているなあ。


先月のアメリカ旅行のときに、あれ、と気づきました。
ワタシたちっていつも「地図のない旅」してない? と。

地図もなく旅をすれば、
しなくていい苦労をするし、無駄な時間を費やすことになり、望んでいるわけではないのに手間隙がかかる。
最悪。

先月の旅で、日本から地図もガイドブックも用意しなかったのは、
地図やガイドブックくらいどこでも買える、と思ったからなのに、
世の中はネットでなんでも情報をとってくる社会になっていて、
「地図もガイドブックも、レンタカー屋にもコンビニにもおいてない」「本屋なんかどこにもないし」

地図をやっと手に入れたのは、アメリカついて三日目。
日本のJAFにあたるAAAの支店に飛び込んで、やっとローカルの地図に出会えたです。

それまでは、何をしていたかというと、だいたいこっち、と進路がわかる程度の大きな地図をたよりに
フリーウエイを爆走していただけ。
どういう理由か、スマホ(アイフォン)がネットに接続できない時間が多くて、ナビとして肝心なとき役に立たず。

地図のない旅
ってなんだか、かっこつけた紀行文みたいな音の響きですが、現実に、地図もなく、ほぼ何も事情がわかってない異国で、
次にどこにいくのか、最終的にどこを目指すのかもはっきしりないまま、車を超高速で走らせている・・・・なんて
何がなにやら、頭バクハツしそーーだよーーー
という時間が、けっこうあったりしました。
楽しくないわけではないのですが、えきさいてぃんぐすぎるのです。

「えーー!」と驚く私に
「べつにそんなに騒ぐことじゃない」という対応をするおっとの図式

で、途中で気づいたのですが、
これは、ワタシが熊本にきてからふたりでやってる農業と同じじゃないかと。

「えーーー!年収百万ちょっとなの?」
「べつにそんなに(以下同文)」

ゴールは
リッチな農園なのか、無農薬無肥料の果樹栽培なのか、農業をやめずにすむことか、
お客さんが幸せになるフルーツづくりなのか

とにかくこの8年、超高速でフリーウエイをかっとばしてきたことはまちがいない
ときにはゴールがあることも、何かを目指していることもすっかり忘れ、それでも毎日どこかには必ずたどりついて、
喜んだり、反省したりして、なんとか今にいたる。

地図はないけど、ナビは壊れているけど、
わりとよく働くのが、ツマのアンテナです。

アリゾナの山中で、もう自分たちのヘッドライトしか、文明がともしてくれる明かりはない!
早くねぐらにつかないと、ここ「コヨーテ注意エリア」だよ~~ってときに、

「引き返そう、どこかで間違えた!」とオタつくオットに、
「大丈夫、前に進んで!」と目をまっすぐ前に向けて冷静に前進を命令するツマ。

「えーー、でも~~だと~~~~だから」と理論的に反論する夫。
「大丈夫!」。理屈なし、説明なしのツマ。

こういうシーンが何どか繰り返され、だんだんとツマのいうことは当たってること多かりしことが証明されていき
ついに、おっとはつまから、こう言い渡されるのでした。

「わたし、説明はできないけど、説明求めないで、黙ってついてきてくれる?
説明求められるとめんどくさくなって、もういいよ、あなたのすきにしていいよ、って思ってしまう。
間違ってたときに私が、だからあのときそうじゃないかと思ったんだよ、というの。これ、あなた、いやでしょ?」

おっとは意外にも、にこにこして、うん、というのでありました。

「ワタシの熊本のともだちの、複数のヒトから聞いたことなんだけど、
男がやろうとしていることを見て、
それ間違っているのにな、とやらないほうがいいのになと思っても
女に指図されるのがいやな男のプライドをかんがみて、何も言わないんだって。
やっぱり失敗したなあと思っているけど、忠告とか指図が嫌いな男のプライドのほうを大事にするんだって。
そんな怖いこといやよね? あなた、そういうの、いやじゃない?」


旅は人生。人生は旅。よくぞいったもんです。


地図のない旅が好きなクセは、健康問題にもおよんでおります。
誰かがやった旅のあと追いをしているわけでも、地図やガイドブックがあるわけでもないんですが、
ワタシのアンテナにひっかかるのはコッチダ~~、とやってます。
ひとのせいにはできません。自分を実験台にしてこの道がどこに続くのかを試している最中ですから。


まったく呆れるくらい、いっつも、やることが同じです。

このパターンが好きなのか、と問われれば、それしかできないと返事するしかありません。



もう新米とも、新規就農ともいえない8年目(オットは15年目です)なのに。

相変わらず、スムーズにできないことの多い、
信じられないくらいジタバタとギクシャクの多い毎日をやっている
正直と誠実しかとりえがない錦自然農園。

この不恰好な、ギクシャクぶりに理由があるとすれば、

こういうふうにするのが世間の普通、とか
まともな農園はこういうふうにするんだ、とか
これが最近の流行、とかを踏襲することが、ことごとく、なぜか、できず
できることは、いちいち自分らのアンテナに聞いて、進むことだけ・・・・・のせいかもしれません

こういうところですが、今年も、うんざりしないでお付き合いしてやってください。
どうぞどうぞよろしくお願いします。


追記
今季はキムチを作らないことになりました。
すみませんがよろしくお願い申し上げます。


錦自然農園フルーツストア

白菜、きたーーー!

hakusai5.jpg


内山さんの「大きい白菜」が、ついに始まってしまいました。

キムチはまだですか、と聞かれることまだ暑いさかりの頃から数えて50回くらい・・・うれしいのです
うれしいのですが、身体事情がちょっとからみどうするのか決めかねて


大きい白菜の顔みて、作るかどうかきめろうと内心おもっていましたが・・・・
さきほど「顔」をみまして、

1秒で、つくることけってい


キムチの販売受付は来年からですが、
このおいしい白菜の販売は、やってますのでどうぞサイトから!!


たっぷりと水気をふくんだ大きな白菜は、
お鍋に水を全く入れないで、素材だけで煮物を作るときに
いい仕事をしてくれます。
鶏肉と白菜の煮物なんて最高。
味付けは塩しかしなかったり。


白菜だけで蒸し煮にして、ごま油でねぎ、しょうが、にんにくのみじん切りをいためて、油のあちちいのときに
ジャッとかけていただくのもおいしいですねえ


ご注文は年末年始の間も受け付けます。


錦自然農園フルーツストア